誕生日小話 | ナノ
黒子テツヤ



 誕生日。それは人々が自分にとって特別だと思う日。
しかし僕にはどうも分からなかった。どうして自分の生まれた日に、わざわざプレゼントとケーキを用意して祝うのか。どうして祝日でも祭日でもない日で喜んだりできるのか。

 そもそも開国以前の、東京がまだ江戸と呼ばれて時代では誕生日という概念が無かった。生まれた日は人それぞれにあるわけだが、年を取るのはどの人も一月一日。つまり元旦に歳を重ねていった。日本中の人が同じ日に年を取るのだから、特別視する人はまず居なかっただろう。

 僕もそういう時代に生まれたかったと思う、この1月31日。今日は東京でも珍しく雪が降っていた。





「そんな寂しいこと言うなよテツヤ君。誕生日が無くなったら、お前を祝う楽しみがなくなるだろう」

「ボクのモノローグ勝手に読まないでくれますかお兄さん」


 あと僕の部屋に勝手に上がり込まないで下さい、と付け足す。しかし彼は相変わらずだらしなく椅子に腰掛けココアを口にする。名前は…太郎だったか一郎だったか……物心つく前からずっと兄のように慕い、兄さんと呼んでいたからもう忘れた。
 どうやら僕は自分の誕生日どころか人の名前にすら興味関心が薄かったようだ。必要最低限さえ知っていればいい。名前や誕生日を知らずとも不自由は無いのだから。


「だってテツヤって自分から喋ろうとしてくんねぇんだもん。君のモノローグは下手な小説よりよっぽど面白いよ」

「止めてください気持ち悪い。家に帰って猫と戯れてたほうがよっぽど有意義だと思いますけどねお兄さん」

「お兄さんではなくお兄たんと呼べって言ってるだろ」

「呼びませんよ」


 そうきっぱりと断れば兄さんはまたココアをすすった。以前、珈琲を勧めたら飲めないんだと困った顔をされたのは覚えてる。今もそんな顔をしてる。


「帰って下さいよ。もう何時だと思ってるんですか?僕は明日も学校です」

「いいじゃん一日くらいさ。寂しいだろ?」

「………べつに」


 問題ありませんよ、と言う前に兄さんに頭を撫でられた。僕だってもう受験生だし兄さんは大学院生。まったく、いつまでも子供扱いするんですからこの人は。


「そう強がんなってテツヤ君。特に、今年の誕生日は」

「余計なお世話です」


 たしかにこんな静かな誕生日は三年ぶりぐらい。バスケ部をやめる前は桃井さんが率先して僕の誕生日パーティをやってましたから。こうやって兄さんと二人で夜を過ごすのも久しぶり。


「でも、誕生日なんてべつに……」

「素直じゃないなあもう」


 兄さんにクスリと笑われて、腕を引かれた。バランスを崩した僕の体は彼の胸の中に倒れた。ギシッ、と椅子が軋んだが兄さんが上手く支えてくれたおかげで椅子は保ち堪えた。


「二人の時くらい素直になり」

「何いってるんですか。僕はいつも素直です」

「ふはっ、ほらまた口からでまかせ」

「言ってません」

「言った」

「言って、ません……」

「言葉が尻すぼみになってんぞ?ん?」


 顔を近付けてくる兄さんから僕は視線を外した。それでも顎を掴まれ逃がしてはくれなかったけれど。


「本当は寂しいんだろ部活辞めて」

「どの道今の時期は皆引退してます」

「でも辞めてなかったら、って思ってんだろ」

「それは…」


 否定はしませんけど…とは言えなかった。兄さんはただの隣人のくせに何でも知ってる。いっそ苛立ちを覚えるほど。でも実際嫌いにはなれなかった。だって兄さんの言うその通りだったから。
 黙って退部したことに後悔が無いといえば嘘になる。誕生日に全く興味がないといえば嘘になる。バスケ部を辞め、彼らとの縁を断ったことに寂しさを覚えているのは本当だった。


「そういうお兄さんも僕に嘘ついてますよね?」

「………うん?」


 僕の髪で遊ぶ白く長い指がピクリと不自然に揺れた。これは、図星というやつでしょう。


「誕生日なんて理由付けてはうちに来てますけど、ケーキ食べたいだけなんでしょうこの甘党」

「あらーばれた?」

「バレバレですよ」


 でもそうやって理由をつけて家の来てくれる昔馴染みの隣人のことが、好きだったり。まあ内緒ですけど。




1月31日
HAPPY BIRTHDAY 黒子!


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