明日金曜日が桐皇対誠凛の試合だと風の噂で聞いた。だから今日は活動を延長してやってるらしいと、図書当番で仕事してる時耳にした。実際、もう8時を過ぎてるのに体育館には光々と灯りがついている。
そして私は今、青峰君といつもの屋上で星空を見ていた。東京といってもここは市街地。街灯や電飾の少ない田舎に比べれば、お世辞でも綺麗とはいえないけど銀座や池袋よりは星は見える。


「あー…あれが夏の大三角形では?」


寝転んで空をじっと見つめながら天を指差す。星と私とじゃああまりにも遠すぎてどれを指してるかなんて、自分にも分からないけど。
なるほど見れば見るほど教科書で見たことあるカタチが浮かび上がった。一度分かるとそれにしか見えない。ああけっこう大きいんだな。


「ねえ聞いてますか青峰君」


話し掛けても一向にリアクションが返ってこない隣に頭を動かして見る。
ああやっぱり寝てましたか。彼のコトだから多分そうだろうとは思ってましたよ。案の定、隣では私と同じように仰向けでになって、腕を枕代わりにしてぐーすか。何か話せと言ったのはあなたなのに。


「気持ちよさそうに寝ちゃってさ」


規則正しい寝息を立てる鼻を摘んでやった。これなら起きるかと思い少し身構えたのに、青峰君はフガッと鳴いてまた寝た。
何も聞こえない夜の学校。ほんとう、私は何をやってるんだろう。桃井さんに「青峰君が部活に来るように説得して」と言われたというのもあるけど、でもこうやって真っ暗になるまで説得する(しようとしたが青峰君寝てるのでまだしてないのだが)筋合いはない。だってバスケ部じゃないし私。


「でもほっとけないじゃない」


いっぱいいっぱい傷ついてボロボロな青峰君。小さな希望を見つけるたびに「どうせまた、」って痛い顔するの。
知ってるよ、ずっと見てきたもの。バスケが大好きでしょうがなかった昔のあなたも、それがつまらなくなった今のあなたも。
ごめんね、私じゃ青峰君を笑顔にできないよ。私は"彼"と違って同じコートに立つことはできないもの。


「……ごめんなさい青峰君」


浅黒い頬を私の手のひらがなぞる。いつも眉間をギュッと寄せて怖い顔してる青峰君も、寝てる時だけは年相応かそれよりも子供っぽく見えた。
あなたがたくさん寝るのは、バスケから逃げるためでしょう?起きてたらバスケがしたくてしょうがなくなるのはあなたの性だものね。


「ばいばい」


私がここにいてもあなたを救うことはできないから。
肩をとんとんと二回さよならの意味を込めて叩き、物音を立てないように静かに青峰君から離れた。カバンをしょってドアノブを回す。


「おい、どこ行くんだよ」
「──っ」


このまま帰ってしまおうと一歩前へ出たら、寝ていたはずの青峰君の声が聞こえた。私は思わず踏み出した足を元の位置へ戻してしまった。ああ、私は今ここから無理をしてでも立ち去るべきだった。どうして歩みを止めてしまったのか。
よしいしょ、と背後で青峰君が腰を上げたのがわかった。コツ、コツ、足音が近づいてくる。帰らなきゃ、帰らなきゃ。焦る気持ちに反して足が根を生やしたように動かない。振り返ることもできない。


「ごめん、って何だよ」
「あ……」


青峰君の大きくて筋肉質でゴツゴツして、それでいてワレモノを扱うみたいに優しい腕が、私を後ろから包み込む。
もう、逃げられない。


「だって、私じゃ…役に立てな」
「本気でそう思ってんのか?」


ギュ、と回された腕の力が強くなった。首筋に埋められた顔。そこから言葉と一緒に温かい吐息がかかってくすぐったい。


「オレさ、お前といると、すごく」


落ち着くんだ。と青峰君が囁く。
私は直ぐに「チガウ」と頭を横に振った。違うよ青峰君。あなたは私を見てるんじゃない。あなたは私を"彼"と重ねてるだけなんだ。




ああそうか。
戻れないところまで、
来てしまった。

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