今日も一日のほとんどを屋上で過ごした。だがあの女は来なかった。特別な用はないので居ても話すことは無いのだが。でもオレは無意識にあの女を探してた。 気付けばいつもそうだ。隣のクラスの前を通りかかる時は教室内を覗き女を探し、体育の授業では女子の中でひょこんと出た水色の頭に視線が行く。あのセミロングの水色が気になってしょうがなかった。 ──私は空気ですから。 桜色の唇がそう動いたとき、ウソだろって思った。だってオレは直ぐに見つけられる。見上げれば簡単に見えるこの青空のように、彼女を視界に捕らえるのは容易だ。 「……つまんねぇな」 いつものようにこうやって部活をさぼりつつ屋上で昼寝に勤しむ。四肢を投げだして大の字になりソラを見つめる。普通ならだんだんと目蓋が重くなっていき次第に意識が無くなっていくのだが今日はうまくいかない。 ……そうだ。ここで寝れないならば場所を変えりゃいいじゃん。オレ頭いい。 「よっ、と」 タンッ。とペイントハウスから飛び降りた。足の裏からじんじんと衝撃がきたが屈伸をして痺れを紛らわせる。さて、どこへ行こうか。転落防止の高いフェンスに背を預けて下を見下ろす。 校庭にはメガホンで怒鳴られるサッカー部やひたすら走る陸上部。ちょっと遠くを見ると住宅地が広がる。その中には青々と生い茂った木々に囲まれた寺があった。 「……寺か」 この前たまたま見つけた寺。あそこの縁側は寝やすかったな。手入れもよく行き届いていてきれいだし。 オレはペタンコなカバンを掴んで、屋上を後にした。 : 木の年齢なんて詳しくは知らないけどおそらく何十年て生きてるだろう立派な御神木の前を通り過ぎて本堂に着いた。 お邪魔しますの意味をこめて賽銭箱に小銭を投げ、それから靴を脱いで五、六段ある階段を上がる。 「……あいつ」 本堂の中がよく見えてくると、人が一人居るのが分かった。立派な本尊を前にして胡坐をかく甚平姿の水色の女。背筋をピンと伸ばしてピクリとも動かない。寝てる?起きてる?オレはそれを確かめようと中へ入った。ほら、ちゃんと見つけられるじゃねえか。 一歩ずつ、足音をあまりたてないようにして女の前に回り込んで座る。女からは仄かにお香の匂いが漂ってきた。 あ、意外と睫毛長い… 「いたっ……何するんですか」 「あ、すまん」 黄瀬といい勝負かもしれないとか考えてたら手が勝手に一本抜いてた。近づいてじーっと見てたら、記念に一本とか思っちゃったんだよきっと。 「痛いんですけど」 「お前、ここで何やってんだ?」 「聞いてますか人の話」 オレが抜いたまつ毛が床に落ちる。女は右目を押さえながらオレにその感情の読みにくい瞳を向ける。開いた左目がパシパシと瞬きした。なに、怒ってんのか?だから謝ったじゃん。 「で、何やってんだ?」 「……座禅です」 「ざぜんん?」 それってアレだろ。胡坐をしながら寝ないように目をつぶってるやつ。でもそれで何するんだ?サトリでも開くんか?でもどうやって。 「ここの宗派では黙照禅といいましてね心を無にする事を目的にしてるんですよ」 そして私はサトリをひらくために禅をしてるわけではありません。と女はまた目を閉じた。心頭滅却というやつだろうか。それで心ん中の何を消したいのかは知らないけど。 顔前で手を振っても女が無反応になってしまったので、オレも隣で禅特有の変わった胡坐をした。馴れないとちょっと変な感じだけど禅でもしてればそのうち気にしなくなるだろ。 「……青峰君」 「………なんだよ」 今ちょうどいい感じで寝られそ……いや無心になれそうだったのに。女が話し掛けてきた。オレは目を開けないまま応える。 「気になりませんか」 「……なにを」 胡坐ならなれたぞと言えば違いますと返された。私のことですってひいき目に女が呟いた。 「……別に」 まったく気にならないと言えば若干嘘になるだろう。 名前はなんだ。中学はどこだった。兄弟はいるのか。お前はオレのことどう思っているのか。どうして"水色"なんだ… 多分聞き出したらキリがないと思う。オレはこの女について知らない事がありすぎる。でも聞いてはいけない気がした。 疑問がすべて解決て無くなったら、このつかず離れずの関係ないも解(ほど)けて無くなってしまいそうで。これ以上、女の内側を知ってしまったら会えなくなるぞと心の中で小さく警報が鳴ってる。 「それが賢明ですね」 すみません邪心でしたと言って、女もそれから先は何も言わずに座禅を始めた。 オレも、くだらないこと全部忘れたくて禅とやらを見よう見まねでやってみることにした。 ああそうか。 (本当はうっすら感じてる) (でも当たって欲しくないんだよ) |