ダム、ダムッ…シュッ! もう部活も終わって人の声なんてひとつもしない体育館。ただひたすらにボールをつく音だけが響き渡る。 「ホンット、あきないねー氷室」 「…ああ、先輩もまだ残ってたんですか」 今気付きましたよ。なんて顔をする汗だくの氷室。さては今日のカギ当番がオレだって忘れてんなコイツ。さっさと出てってくれねーと戸締まりできねぇのに。 「そろそろ帰ったら?無理すると後々に響くよ」 「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ。オレもそこまでバカじゃないですから」 「あっそ」 じゃあ好きにすれば。 ゴール下の壁にもたれかかったら、氷室はまた練習を始めた。 「ねー氷室」 「何ですか先輩」 ランダムに5つ置いてあったカラーコーンを教科書通りの美しいフォームでくぐり抜けた氷室になんとなく声をかけたら、直ぐに返事が返ってきた。 「お前、何のために練習する?」 「強くなるため…ですよ」 「じゃあ強くなってどうする?」 「勝つためですよ」 「誰に」 「……誠凛の火神大我」 「ああ君がアメリカにいたとき出会ったって言ってた、才能の塊」 「だからなんですか」 「いや別に」 オレからの単純な一問一答式のくだらない質問に焦れったさを感じだした氷室は鬱陶しそうに眉を寄せた。 「だったら尚更、今日のところはこれぐらいにしとけ」 オレは欠伸をひとつして、ポケットからカギを出した。 「なんでです?まだウォーミングアップしかしてないのに」 「どうせこの後例のシュートを練習すんだろ?」 「分かってるならなぜ止めるのですか」 「オマエのためだよ」 「?」 氷室は理解できないって顔してる。 「オレは三年間コツコツと練習に励んできたが結局はベンチ止まり。まあ高校から始めたんだから上出来なほうだと思う。しかし皮肉なもんでな、ベンチから試合を眺めてばっかりいたから、誰がどう動いてどこにパスすりゃいいのかとかすぐわかるようになった。まあ単純に言えば"目が肥えた"ってことだけど」 「……なにが言いたいんです」 「いやぁ…それでオレ気付いちゃったんだわ。アンタの根底」 「…………」 氷室のポーカーフェイスが一瞬崩れた。 「なあ氷室、悪い事は言わねえ。けど、今回ばかりは諦めろ」 「…なにを」 「全部だよ。練習も強くなることも勝つ事も全部。オマエがいくらキセキの世代と近しくなっても、越えることは愚か並ぶこともでき……っ!」 オレが喋り切る前に、その言葉の先を消すかのように、氷室のボールが勢い良く壁に叩きつけられた。オレの右肩を掠めて。おお怖い。 「分かってますよそんなこと」 「…なら話しは早ぇじゃないのー」 バクバクと早鐘をうつ心臓を宥めながら氷室に言う。 「努力したぶんだけ、"その時"が辛くなるだけだ」 だからもう止めてしまえと、もう一度、今度ははっきり言ってやった。 悪魔が囁く甘言 |