06

蛍丸が顕現した翌日。本丸の大広間には朝餉をとるため、全ての刀が一様に集まっていた。箱膳のなかには色彩豊かな料理が並び、石切丸などは目でも楽しめるそれらを大層気に入っていた。これらの準備は全て歌仙がこなしているから、やはり雅な趣がある。数日前から配膳を担うようになった一期は、毎食趣向を凝らした料理をうみだす歌仙に感心しきりだった。特にぬか漬けは、秋めいてきた本丸にぴったりな紅葉の葉にくり貫かれていて、食べるには忍びない。一期が紅く色づいたそれを箸にとり、眺めていると……。

バリ、ボリ

「食べたらさっそく鍛刀しようかしら」

盛大な咀嚼音とともに、主が言いはなった。それを聞いた一期はギョッとしたが、明日子のお椀に白米を盛っていた歌仙は呆れた顔で「大丈夫なのかい」と声をかける。

「なにがよ」

「たしか、らいぶ……なるもののために衣装合わせがあるんじゃなかったかな」

「…………あなた、マネージャーみたいね」

今度は明日子がギョッとする番になってしまった。動揺から返答しかねている明日子を追い込むように、石切丸も鮭の小骨をとりながら頷く。

「どちらにせよ、禊もせずに鍛刀するのはあまりよくないと思うよ。そちらの仕事を済ませたら、裏の滝で身を清めて。鍛刀はそれからだね」

「……仕方ないわね」

頑固気質な明日子も、さすがに納得せざるを得ない。歌仙からお椀を受け取り箸を動かす。その横で蛍丸は味噌汁をすすり、初めて感じる味覚に夢中になっている。さきほどまで明日子に教わりながら箸を握っていたが、すっかり慣れてしまったようだ。

「そこまで焦らなくても、演練まではまだ日があるだろう。体調を崩さないよう、慎重にやっていった方がいい」

「私、不公平なことが大嫌いなのよ」

「え?」

「私は好きでアイドル続けてる。それが本分だとも思ってる。なのに、刀であるあなたたちは本分を果たせてない……不公平よ!」

話しているうちに自分のなかで気持ちが高まったらしい明日子は、最後に両手を床に突いてから勢いよく立ち上がった。お椀たちが騒がしく揺れ、はしたないと歌仙が怒るつもりが、そのお椀はすっかり空になっていた。

「やっぱりいますぐ鍛刀するわ。まずは禊よ禊。石切丸くん、さっさと食べ終わりなさいよ」

「えっ、いや」

石切丸がまだお椀いっぱいにある白米を見る。それに明日子は「やっぱり急いでゆっくり食べなさい」と命じる。

「こんなに美味しいものを味わわないなんて、食材と歌仙くんに失礼だもの。よし、それじゃあ一期くん」

「は、……はっ」

一期は歌仙とともに食事の準備をしていたので、早々と食事を済まし終えていた。

「禊の準備を手伝ってくれる?」

「はっ、承りました」

明日子が広間を出ていくところで、歌仙も意識を戻す。仕事はどうするんだとその背に投げるが、後ろ手に手を振られ、明日子と一期は襖の向こうへと行ってしまった。

脱力する歌仙を、それまで席で正座をしながら食事していた蛍丸がちょんちょんとつつく。

「お味噌汁、おかわりしていい?」

次にくる刀は、主を諌められるであってほしい。歌仙は切にそう願った。


◇◇◇

禊のため、明日子が白い簡素な着物に腕を通す。下着もつけてはいけないらしく、それもそうかと脱ごうとしたところ、一期が大慌てで出ていってしまった。しばらくしてから「もう大丈夫よ」と声をかけられ、ようやく入室する。すると、明日子は四角いなにかに話しかけている最中であった。

「だから、打ち合わせと同時の方がいいでしょう。決まりね、じゃ」

一方的に会話を打ちきり、四角いカラクリを棚に置いてしまう。勘ぐるのはよくないと思いつつ、きっと会話の相手は、まねーじゃーなる御仁であろうと一期は思った。大方これから鍛刀するために、衣装合わせの予定を延期にさせたに違いない。いまいち主の本分である、あいどる活動がなんなのかわからない。しかし、主が誇りに思って励んでいることは、鍛刀されたばかりの一期にもわかった。

昨日は炊事場で主の歌を耳にもしたが、秋空を思わせるような澄み渡った歌声で、目を伏せ聞き入ってしまうほどだった。きっと人の世でも同じように魅了してきたのだろう。そんな世界から、なぜ主は審神者になることを選んだのか。気づくと、一期は浮かんだ疑問をそのままに口を開いていた。

「主は、なぜ審神者になられたのですか」

明日子が髪を櫛でとかす音だけがする室内で、一期の放った疑問は思いの外大きく響いた。それを認識した途端、自分はなんて事を聞いているのだろうと口を覆う。髪をすく明日子は、じっと一期を見て。

「さあ?」

一期の気遣いもなんのその。あっけんからんと首を傾げてみせた。覆ったままの一期の口は、驚きでポカンと開く。その間に髪をすっかり手入れし終えた明日子は、鏡台に向けていた体を一期に向けた。

「国にお願いされたのも、永遠の若さを得られるのも理由になるかもしれないけれど、それはアイドルの明日子であって私の理由ではないのよね」

顎の下を撫でながら、明日子はなんと言うべきかと思案する。しかし、考えてももっともらしい理由は浮かばない。それもまたいいだろう。

「理由なんて後からついてくればいいのよ」

まさか、そんな言葉が帰ってくるとは。破天荒という言葉を人にしたような主だ。一期はこれまでに様々な人を見てきたが、こんな人に出会ったことはななった。

──いや、ひとりだけいた。

「石切丸くんはまだ食べてるのかしら。先に滝に行ってしまってはダメなの?」

襖を開けて廊下に出る主とは性別も背格好も異なるが、枠に捕らわれず一気に天下人にまで昇りつめたあの御仁。

「迎えにいこうかしら」

せっかちなところまで似ている。思わず一期が笑みをこぼし、頷いた。

その後すぐ、大広間を横切ったところで歌仙に見つかり一期共々叱られたのは、また別の話。


151103
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