04

「君はまたそんなだらしない格好をして!」

雑誌取材を都内スタジオでこなしてから本丸に戻ると、我が近侍が頭から角を2本生やして仁王立ちしていた。なんてふてぶてしいのかしら。この私を前にまた暴言を吐いたわ。縁側で話したのと同一人物とは思えない。

「好きで着てるわけじゃないわ」

吐き捨てるように言い、太ももすら隠せないスカートを見下げる。随分と育てた自慢の谷間も、惜しみなく露になって見えた。この物言いに、歌仙も言いよどむ。

「それは聞いたけれど……」

人々の羨望を集めるのにそんな格好をしなくてはならないなんて、歌仙は納得がいかなかった。主が調子にのるので口にはしないが、肌を露出しなくとも彼女には人を魅了する力を持っていると思っていた。それになにより……やはり、主には節度ある格好でいてほしいものである。

歌仙が心を砕いているのを尻目に、明日子は横髪をくるくると撫でる。視線は歌仙に注がれていたが、ふいに「ねえ」とその肩を叩いた。視線がこちらを向いたのを確かめてから、明日子はくるりと回って見せた。歌仙の目に、大胆にザクッと入ったスリットから覗く生足が飛び込んでくる。

「こんな服、私にしか似合わないでしょ」

文句は言わせまいと、強気な視線を歌仙に投げる。そう、好きで着てるわけではない。ただ、どんな服も着こなしてしまう私のスタイルと容姿が悪い。そう、彼女の瞳は雄弁に語る。

「…………君ね」

額に手をあて俯く歌仙が、怒気を孕んだ口調で話し出す。だがその耳は、真っ赤に染まっていた。目ざとく気づいた明日子は「美人ってほんと罪深い存在よね」と、自らの罪を憂う。歌仙が気苦労で死んだとしても、明日子は自らの美しさを称賛しながら泣くのだろう。

この出口のない言い合いに終止符を打ったのは、穏やかな一声だった。

「君たち、そろそろなかへ入ったらどうだい?鍋がふきこぼれてしまうよ、歌仙くん」

声の主……石切丸はそう言うと、花がほころぶような笑みを浮かべる。反撃し足りなかった歌仙も、鍋と聞いて一目散に身を引く。「あとでじっくりと話させてもらうからね」という言葉を杭として打ち込むことも忘れず、炊事場の方向に消えた。なんなのかしら。

「撮影、とやらは無事終わったのかい?」

「もちろん、完璧に可愛くこなしたわ」

石切丸にその成果を渡そうと、撮影場所で読者プレゼントとして撮影したポラロイドのうち数枚を持ち帰っていた明日子は、胸元から出して見せた。

「…いただいてもいいかな?」

「ええ」

明日子は慣れた様子で石切丸に一番上にあったポラを手渡した。最近始まったこのやり取り。いったいもらったポラを石切丸がどうしているかは知らない。ミロのヴィーナスも裸足で逃げ出すほど麗しい姿を、常に眺めていたいと思っての行動だろうと思い、追求することもしていない。

「そうだ、昨夜鍛刀した刀ができてるよ」

「それを早く言いなさいな」

「でも、仕事終わりで疲れているだろう?鍛刀部屋には一期くんもいるから、急がなくても……」

「かわいそうじゃない。待たせちゃ」

「主……ふっ、そうだね」

石切丸は、鍛刀されたばかりのときのことを思い出していた。意識はあれど体を持たずにただ不安定に存在していた、あの空虚の時間を。……主は、そこまで刀のことを考えていたのか。

聞くのは野暮というものだ。感動が胸を打つままに、明日子の背中を見送る石切丸。しかし、鍛刀部屋を目指し廊下を突き進む明日子の心中で想っていたこととしては──「この私の美貌を拝みたいと、待ち望んでいるに違いないわ」。相変わらずの調子だった。


◇◇◇

「主、お待ち申し上げておりました」

鍛刀部屋の襖を開けると、鮮やかな青が明日子を迎えた。いや、今日撮影で使ったラムネにも似ている。爽やかなところなんて、ぴったりじゃないか。

「私ったら詩人ね」

「? 主……?」

思わず漏れた自画自賛に、座して彼女を見上げていた一期がわずかに首をかしげる。

「詩集を出すときは、一期くんにも一筆いただこうかしら」

「は、はあ……」

「それで。刀ってどこかしら」

「え、あ、こちらです」


部屋の中央に鎮座する刀身は長く。緩やかにカーブを描き、窓から差し込む光が朱色の鞘に反射して、朝露の放つような輝きを放つ。

「随分とまた大きいわね」

刀の剃りに視線を転がすと、それを見ていた一期が「大太刀ですな」と明日子に返す。こうしてみると、ここでは誰よりも私に大口を叩く歌仙くんが一番小さいんじゃないかしら?なにそれ、かなりおもしろいわね。からかってやろう。そうと決まれば、まずはこの子をさっさと起こしてしまおうか。

「おはようございまーす!」

いつもより半音高い、楽屋入りのときの声でそう言えば、あら不思議。刀が光って、桜が舞った。その花弁の隙間から覗くのは、銀色。

「阿蘇神社にあった蛍丸でーす。じゃーん、真打登場ってね」

「真打は私よ。譲れないわ」

「主……」

一期の呆れた様子を背にしながら、腕を組み蛍丸を威圧する明日子。顕現したばかりの蛍丸は、その翠緑の瞳をパチパチとして明日子を見上げる。

「君が主? よわっちそうだね」

「なんてったって、アイドルだもの。だからがんばりなさいよ、蛍丸くん」

ふてぶてしく構える明日子に、蛍丸はそれが人……否。神に対する態度かと目蓋をパチクリと瞬いた。視線を奪うほどにかんばせが麗しいというのに、この性格。なんてちぐはぐな美女なのだろうか。後ろに控える男を見れば、苦笑いが返ってくる始末だ。

「なんかへんなとこ来ちゃたな」

蛍丸はこれから自らに降りかかるであろうヘンテコな未来を思う。自身の刀がいつもより重くのしかかってくるようだった。


151026
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