《――というわけでございまして、演練にでていただくことになりました》
つきましては、鍛刀を残り5振り行ってください。と電子画面ごしに言われたのは、さてこれから鍛刀しようかと、起床したばかりの朝だった。鍛刀の仕方を訊ねようとしたところに、思いもよらない話が降ってきた。
「演練?」
《はい。他の本丸と模擬対決していただくシステムでして……。いや明日子さんが審神者になられてから希望者も増えましてね、彼らの活力になるのではないかなと》
「つまり、イベントライブね」
《そうです!その演練参加のためにも、あと5振りほど鍛刀していただくことと、新曲のレコーディングを……》
ふむふむと話を聞いていると、演練予定日は2ヶ月後なのだとか。なかなかハードだ。早くも歌仙くんとした昨日の話が頓挫しそうだが、致し方ないか。
《最後に……じ、実は僕明日子さんのファンで。この間でた"審神者ガール"すごくよかったです!》
「あら」
たしかこの間のアルバムに収録した歌のひとつだ。まさか政府の人も聞いてくれているとは。
《なにかわからないことあったらドンドン聞いてくださいね!》
「ええ」
ファンサービスにと明日子が笑顔で手を振ると、通信相手は照れた様子で笑い……そのまま通信が途絶えた。それじゃあさっそく歌仙くんに話してこようかしら。
◇◇◇
「え、5振りかい?」
歌仙くんの自室に行くと、ちょうどお布団を畳んでいるところだった。へえ、お布団ってそうやって畳むのね。明日私もやってみようかしら。
「さすがに一気に5振りも鍛刀するのは疲れてしまうよ。とりあえず今日2振りやってみて、ちょうしをみたらいいんじゃないかな」
「歌仙くんがそういうならそうするわ」
素直にそう答えると、歌仙はうれしそうに笑った。歌仙くんって儚げで美人よね。笑うとますます。
「そうと決まれば、鍛刀の正装をしないと。神事だからね。僕はその間に鍛刀部屋に依頼札をかけてくるよ」
「? 歌仙くん詳しいのね」
「ああ、来て早々、君に伝えるようにとこんのすけに言われていたから」
きっと、本来は審神者が受けるべき説明だったのだろう。それを、私があまりに本丸をないがしろにするものだから……きっと代わりに説明を受けてくれていたのだ。
「ありがとう、歌仙くん」
「どういたしまして」
「やり方とか教えてくれるかしら」
「もちろん。そのために覚えたんだからね。それじゃあさっそく正装に着替えてきてくれるかな」
着替えたら鍛刀部屋に来るようにと言われ、明日子は自室に急いだ。正装ね、正装。こちらに来たときにもらったクローゼットのなかを漁ると、巫女衣装が出てきた。よかった、これなら着たことがある。少し形が違う気もするけれど、グラビア撮影のときのことを思い出しながら袖を通した。
「意外と着られるものね」
姿見を確認しながら、ニッと笑う。もう、ほんとどこから見てもかわいいのね私。さっそく歌仙くんに褒めてもらおう。膝上で揺れる袴を足で裂きながら、鍛刀部屋に急ぐ。
「なんだいそれは!」
鍛刀部屋が、とんでもない怒号で揺れた。ビリビリッと振動するなかで、明日子は驚きながら歌仙を見返す。
「正装よ」
「そんな、そんな肩も胸元もはだけさせて……袖と袴はどこにやったんだい!それに帯を前に縛るなんて、君は籠屋娘か……!?」
「看板娘よ」
「とにかく、これを着て!」
有無を言わさない迫力で歌仙が渡してきたのは、彼の羽織だった。
「たしかにこっちの方がかわいいわね」
「ちゃんと前を合わせて!」
グイッと襟元を寄せられ、明日子の自慢のセクシーボディが隠される。その間も歌仙は「神事はとんと無知だとは聞いていたけど……貞操観念もまるで違うのか……」と額をおさえていた。それが不憫に思えて、明日子はその肩を叩く。
「ごめんなさいね、歌仙くん。私なんでも着こなしちゃうのよ……」
「…………うん、わかったよ。だいたい君がどんな感じの子なのか」
歌仙の心労が増えた翌日、本丸にも新たに2振の刀がやって来たのだった。
◇◇◇
「私たちが来る前はそんなかんじだったのですか」
「そうだよ……彼女、随分とその辺りがゆるくて。だから君たちが来てくれて、僕は本当に安心したよ」
「それは大変でしたな」
これまでの話を切々と話しきった歌仙に、先ほど鍛刀されたばかりの一期は、同情の目を向けた。それと同時に、鍛刀されたのが弟たちでなく自分でよかったと息を吐く。
「いやしかし、初鍛刀から私たちが顕現してしまっては、彼女も大変ではないかな」
自らの振りを撫でながら苦笑を浮かべるのは、一期とともに目覚めた大太刀、石切丸だ。たしかに、初めての鍛刀で太刀の類いを鍛刀させるのは、かなり稀なケース。しかし、頭の本人は「マダムキラー系くんたちのことは歌仙くんに任せるわ」と親指を立て、いまは元気にレコーディング(文楽のひとつだろう)打ち合わせをしている。太刀レベルが突然顕現してしまったから、てっきり疲れてるんじゃと思ったけれど……あの様子だと、霊力はかなりある方らしい。
「彼女は、あいどる活動なるものをしているから、あまり顔を見せないけれど、一応近侍の僕がその分いろいろと任されているというわけだ」
フッと自嘲的な笑みを浮かべる歌仙に、一期と石切丸は苦笑いを返す。だが、歌仙の笑みのなかにはたしかに信頼されているという自信が喜びとして孕んでいること2人は感じていた。
自分もいつかそんな関係になれるだろうか。多忙を極める主に、2人は思いを馳せた。
151009
151022 加筆
151103 修正
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