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きっと、僕がそれを聞いたのは偶然だった。明日子ちゃんに謁見(ただ打ち合わせに行くだけなのに、こんな言い方になるらしい)する手続きのために時の政府へ訪れた、帰りのこと。ひと休みしようと腰かけたテラス。向かい側に座る四人連れの男たちの会話が耳に入ってきた。

「例の広告塔はどうだ」

「ああ、こんのすけの報告によるとようやく6振り鍛刀を終えたそうだ」

「なんと。半年で、たった6振りとは。やはり顔だけの女のようだな」

「しかし、鍛刀したのはいずれも太刀以上だったらしいじゃないか」

「ほう。頭と尻が軽いわりに、霊力はあったか」

「ならば搾り取り、使い捨てるのみ」

胃に氷を詰めこまれたような気分だった。彼らが誰の話をしているかなんて、わからないはずがない。明日子ちゃんの話をしているんだ。

権力を振りかざし、勝手に連れ去ったというのに。使い捨てだと。怒りに震えながら、彼女もこいつらになにか言われていやしないかということが気がかりになった。何を言われても跳ね返す子だが、何も思わないわけではない。

手元の袋を力強く握りしめる。ライブ衣装が歪み、僕を見上げていた。


◇◇◇


「はい、注目」

朝餉の配膳をしている歌仙が振り向くと、明日子が浅漬けのキュウリを食べながらふんぞり返り、右手を軽く振っていた。ふてぶてしい態度にはこの際目をつぶるが、はしたない。雅じゃない。眉間にシワがよる。

「主殿、まずはお座りください」

お膳を運んでいた一期一振が、ふすま近くから動かない明日子を座るように誘導する。しかし、明日子はそれを拒否。

「事は急を要するの」

今までになく真剣な表情の明日子に、同じく浅漬けを狙っていた鶴丸は一瞬動きを止めた。その隙に一期が鶴丸の手を叩く。唇を尖らせた鶴丸の横を、お膳を持った蛍丸が通りすぎる。そして明日子の横を過ぎるタイミングで、ひとつ爆弾を落とした。

「なにまた三日月さんが布団に入ったの」

「……主、どういうことかな」

蛍丸の発言を聞いて、よそっていた茶碗を置いて頬笑む歌仙。

「聞き捨てなりませんね」

それまでにこやかに明日子の後ろに控えていた小狐丸もそれに加わると、いっそうのこと冷え冷えとした香りが立ち込める。しかし当の明日子は朝餉のあたたかな香りを吸い込み、腹をいっぱいにしていた。

「明日は白菜の漬け物がいいわ」

憎らしく愛らしい笑みを浮かべる明日子に、歌仙はあやうく「首を、」と口にしかけたが、そこを石切丸が「どうどう」といなす。小狐丸は悲しそうに「およよ」と泣き崩れている。

「おや、朝餉ではなかったか?」

そのタイミングで現れたのは、昨日鍛刀されたばかりの天下の名刀、三日月宗近だ。空気が冷えきっていくなか、蛍丸だけが「おはよう」と挨拶を交わす。三日月もそれに返し、広間にいる者たちにも暢気に挨拶をしてから「みな早いな」と笑った。

「主は、……もう交わしたか」

「ええ。さっき布団のなかで」

ついに、体感温度が氷点下に達した。鶴丸すら顔を青くしている。いったいなにを交わしたんだこいつら。しかし依然としてそんな空気を感じていない明日子は、ひぃふぅみぃ……とその場にいる刀たちを数え、頷く。

「改めて、どうしたんだい」

と、石切丸。この空気をどうにかしようとしたのだが、またしても明日子によって紛糾することとなる。

「みんなに紹介したい、大切な人がいるの」

「ひぃぃ」

小狐丸の口から、紙を引き裂いたような、悲痛な悲鳴があがった。と、同時に本丸の門の辺りから「ギャッ」と短いながらも大きな叫び声が上がる。広間には、本丸の刀たちが集まっているはずだが……。

今しがた三日月がやってきたばかりの縁側に、みなの視線が集まる。畑に面した縁側のむこう、門のある辺りから聞こえたようだ。しかし、桜木や柿の木などで門の様子はわからない。だが、鶴丸のみが意味ありげに笑った。

「お、客か?」

「ほう。鶴は千里眼の持ち主であったか」

「いやまさか。ただ、あれは俺が門外に仕掛けた穴に落ちた音じゃないかと思っただけさ」

蛍丸が首をかしげる。

「えー?それってつまり」

……そう、つまり。明日子の大切な人とやらが、穴に落ちたかもしれないということだ。男性特有の野太い叫び声だったことから察するに、明日子の大切な人は男か。

「でかした」

再起不能だった小狐丸が、途端に元気を取り戻し、鶴丸に賞賛を送る。なんという変わり身の早さか。一方で、一期は焦った様子でマントを翻し、勢いよく立ち上がる。

「主殿!救出に向かいましょう!」

さすがの明日子も頷き、キリリと表情を引き締めて足を踏み出す。……かと思いきや。そのまま自身のご膳前に座した。

「いただきます」

「っ、は……?」

唖然とした様子の一期。言葉も出ない様子の一期に変わって、なんとか現状に着いてこられていた歌仙が口を開く。

「き、君……大切な人とやらかもしれないんだろう!朝餉なんてとってる場合か!?」

「腹が減っては何事もできないわ」

白米が山のように盛られた茶碗を片手に、出汁までこだわって調理された玉子焼きを口に放り込む明日子。どれだけ食い意地が張っているんだ。歌仙は、呆れてものも言えなくなった。しかし自身がつくった料理を味わう明日子の様子は、やはりうれしくも思っていた。

「どれ、握り飯にでもしていくか」

「それはいいわね。遠足みたいだわ」

結局、三日月のその案が採用されて、一期が急いで明日子の白米を握り飯にする。その間も味噌汁をすすっていた明日子は、全てを飲みきってから、ようやく、握り飯を片手に門へ向かった。(一部を除いて)すっかり疲れた様子の男士たちも、その背を追う。

門についた一行を迎えたのは、まさに門前にポカリと空いた穴だった。足を止め、目下に広がる穴を見下ろす。

明日子が見たところ、成人男性が2人は入れそうな穴である。もう少しと身を乗り上げれば、やはり明日子の大切な人が穴の底で目を回していた。「おーい」と試しに声をかけると、呻き声のような返事はあったので、意識はあるようだ。

「それにしても、鶴丸くんは随分とやんちゃなのね。TOKIYO系アイドル目指せそうだわ」

「なんだいそれは」

「真面目にアイドルをやらない、常に驚きをもって常識を打ち破っていく人たちのことよ」

「ほう、おもしろそうだな」

「……ううっ…」

鉄腕RUSHのエピソードを話そうとした明日子だったが、いつの間にか正気を取り戻した明日子の以下略の悲痛な叫びによってそれは阻止された。

「っ、明日子ちゃん……?」

「もぐもく、久しぶりねマネージャーくん」

おにぎりを頬張る明日子。

「なに食べてるの?!」

「おにぎりよ」

「そういう意味じゃなくてね?!」

握り飯から手を離さない明日子を見かねた石切丸が、顔をひきつらせながらも穴へ手を伸ばし、引き上げる。穴から生還した人物は、腰が砕けたように地面にへたりこむ。

「ひどい目に遇いました……」

「もぐもく、このご時世なかなかできない経験よ。もぐもく、よかったじゃない」

「よくないですよ!それになにおにぎり食べてるんですか!」

スーツについた土埃を払いながらプリプリと怒る男。しかし頬についた土汚れには気づかないようだ。彼が、主の大切な人……?まねーじゃー、と言うらしいが、とても刀剣たちが邪推した恋仲には見えない。かといって、言葉遣いからは家族にも見えない。歌仙をはじめとする男士はしばらく様子を見ることにした。

「まったく……明日子ちゃん、もう少し危機感を持ちなよ。そんな甘さじゃ政府に言いように使われちゃうよ」

「この私を?まさか。使わせるわけないじゃない。そんなもの実力でねじ伏せてやるわよ」

「……相手は政府だよ」

ジャリ、と砂を握るマネージャー。門前の空気が、2人を中心に不穏さを見せ始めた。刀剣たちも、唾を飲み込む。……三日月と小狐丸だけが、怪しくうっすらと目を細めた。

そんななか、明日子は手のひらについた米粒を舐めながら、「だから?」とのんきな様子。

ブチリ

なにかが千切れるような。
そんな音がした。

マネージャーがダンッと地面を蹴り、砂まみれになった拳を握りながら口を大きく開ける。

「無理に決まってるだろ! わからないのか、君はただのアイドルなんだよ!? 政府が君をなんて呼んでると──ッ」

グッ、と言葉を飲み込むように、力強く唇を噛むマネージャー。だが、やはり明日子は表情を変えない。そればかりか、不敵にニヤリと笑って見せた。

「だから? いつものことでしょ」

「でも、だって……君を、」

「──私はあの日からアイドルよ。清く正しく美しく。あなたがそう言ってここまで連れてきたくせに、これ以上の景色を見せないつもり?」

「──っ」

「見てなさいよ、すぐにギャフンと吠え面かかせてやるわ」


マネージャーの肩を叩き笑う明日子は、たしかに清く正しく美しかった。虚を衝かれたマネージャーはしばらく息を止めて、明日子を見つめ返す。その瞳には、あの日に灯した火が赤々と燃えているようだった。



「というわけで、ニヤニヤ動画に投稿するから。機材とスタッフの確保を頼むわね」

「え?」

「さあ、さっそく皆、特訓よ!」

「え?」


え……?




161004

いつか過去編もあげたいです。
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