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――人には誰しも、天職と呼ばれるものがある

私の場合は、フラッシュと歓声に満ちた舞台にそれがあった。と、最近までは思っていたわけである。


「明日子ちゃん、別に断ってもいいんだよ?いくら政府が言うからって、こっちには色々な権利もあるんだから」

車内で手を揉みながら私の様子をうかがう彼の口は、ここ最近「断ってもいいんだよ」としか動いていない。私は悠々と足を投げ出せる後部座席で、ながーい足を組む。

「もう、レギュラーだって降りたじゃない。いまさら断れないわよ」

「いやでもさ、いくらイメージアップだからって、トップアイドルの君が……なにもキャンペーンガールみたいなことしなくても」

「仕方ないでしょう?」

ため息を吐きながら、明日子は横髪をくるりと指先で巻き付ける。そして、覆しようがない事実を言い放つ。


「私がかわいすぎるんだから」



車が空を飛んで、ハネムーンに惑星旅行が大ブームになっている昨今。進みすぎた時代の歪みか、はたまたさらに未来のなにかが作用しているのか。世界大戦が終結を迎えたと同時に、過去を改変しようとする団体"歴史修正主義者"なる新たな敵との戦いが勃発していた。

それを阻止する、タイムパトロール。通称"審神者"なる時代錯誤も甚だしい存在がうまれて、かれこれ5年。

なんと、人類は付喪神を使役しながら戦う道を選んだ。なんでも敵は「歴史を変えたい〜!」という思念からできているそうで、物理攻撃は効かないのだという。その思いを打ち砕くには、精神性の高い存在……つまり、霊力でしか対抗できないそうで。技術力の進んだ現代でも解明されていない非科学的な存在……シャーマン(審神者)を、いまでは全世界をあげて急募していた。

だがしかし。
そんな箸にも棒にもかからない、地位や名誉もないような役職を、いったい誰がやると言うのか。精々、自称霊能者または寺に属さず神事などやったこともない物臭坊主ぐらいだ。

初めはそれでも人手不足だからと、政府は惜しみなく人員を集めた。寄せ集めの審神者たちは、もちろん成果もあげられるはずがなく。なにより、霊力が最も盛んな年頃の10代〜30代の人員が恐ろしく少なかった。

審神者として脂がのっている時期ということは、働き手としても同じ。働き盛りの若者を、企業が手放すはずがなかったわけだ。しかし、なんとかして若者を集めなければ、敵を倒せない。

そこで解決策として講じられたのが、トップアイドルを審神者アイドルにすることだった。その筋の人によれば、真面目で異様な執念を燃やすオタクの気質はまさに審神者にピッタリなのだとか。

なにはともあれそんな事情で、明日子は明日から審神者アイドルとして宣伝棟になるのだ。ほぼ世間の生け贄となるわけだが、本人は二つ返事で了承した。

「ふふ。かわいいだけじゃなく霊力まであったなんて、神様ってばよっぽど私が大好きなのね?」

スカウトにきた政府のお偉方と、泡を吹き始めた社長を横目に……事務所の応接で、明日子だけが高笑いをしていた。


◇◇◇


最後までマネージャーにすがりつかれながらも、無事に目的地にたどり着いた。そのマネージャーはというと、車を降りることができずそこでお別れになった。よくわからないが、明日子が乗っていた政府手配の車は霊能力のある者しか下車できないような仕掛けがされていたらしい。

「審神者さま、こちらへ!」

その代わりというか、車から降りたその足元からいままで狐が着いてきていた。なぜ喋れるのかは謎だが、狐を抱き上げてそんな疑問は飛散していった。……モフモフかわいい。ただひたすら一心にその毛並みをモフモフしていると、気がついたら和室のなかに立っていた。モフモフいわく、時空輸送をしたらしい。よくわからずに首を傾げる明日子。その隙に、狐はトンッと明日子の腕から畳の上へと脱出する。

「そこにお座りください」

あたりを見回しながら、狐に言われる通りに座布団の上に座る。すると、五本の刀が目の前に現れた。話には聞いていたが、これが日本刀……。かわいさの欠片もないけれど、なぜだかそのうちのひとつから視線が離せなくなった。

「審神者さまにはこれから初期刀を選んでいただきます。お好きな刀をお選びください!慎重にお決めになっていただきた……」

「これ」

「……!? い、いいのですかそんなにも早く決めてしまわれて」

「ダメなの?」

「ダメ、ではありませんが……まさかそんな、すぐに決めてしまわれるなんて」

「私、直感勝負なの」

むんずと、選んだ刀を掴み鞘を抜く。途端に白む視界と、くすぐる花の香り。雲霧が晴れていくなか、自然と明日子の胸は高鳴った。

「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」


そこには、穏やかな表情を浮かべる美男子が立っていた。ああ、次のライブの演出にこれ使えそうね。歌仙の柔らかな笑みを前に、明日子はそんなことを思った。


151009
151027 修正
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