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現世の瓦版(新聞と言うらしいが)を手に、歌仙は体を震わせる。活字で書かれたそれらからなんとか読み取った内容は、明日子が率いる部隊……つまり歌仙たちへの賛美であふれていた。

なかには「刀剣男士は美男揃い」という見出しで、歌仙たちをひとりずつ紹介している記事もあり、いずれも演練中に撮られたであろう写真が掲載されている。

「はっはっはっ、俺が一番の美男子か!」

「王子様、とな……王子様とはいったい」

「俺こんなに小さくないのに」

皆がこぞって自分の紹介文を読むなか、石切丸だけはそれとはまったく関係のない囲碁欄を見て「本因坊秀策とは、江戸の棋士だったかな」と呟いている。そして小狐丸はというと──

「解せぬ……」

畳に手を突き、肩を震わせていた。白いふっさふさの毛は心なしかいつもより膨らんでいて、眉間にシワを寄せてうなるその様は、威嚇する猫のようだ。小狐丸が威嚇している紙面を、鶴丸がスイッと横から抜き取る。

「えーっと、なになに」

それはスポーツ紙の1面だった。勝ち気な笑顔を浮かべて立つ明日子と、その後ろに控える歌仙のショットが5段ぶち抜きで大きく載っている。そしてその近くには……。

「トップアイドル、熱愛か?って……なんだ。歌仙と君が恋仲だということか?」

「なぜ貴様なのだ!」

矢を射るように歌仙を指差す小狐丸。指差された歌仙は、口角をひくつかせながら視線を鋭くする。

「そんなこと、僕が聞きたい」

腹の底から絞り出したような声をあげる歌仙。鶴丸はそれを愉快そうに眺めて、問題の1面を明日子の目の前に掲げてけしかける。

「で、そこのところどうなんだ」

「失礼しちゃうわ」

苦々しい顔で1面を見る明日子。小狐丸は頭の上の耳をピンッと上に伸ばして嬉しそうに笑う。歌仙は言葉をなくし、目を見開いた。しかし目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、歌仙の目には「それはこちらの台詞だ」という念が浮かんでいる。

「アイドル引退は白紙に、なんて失礼ね。もともと引退なんてしてないわよ」

……どうやら、明日子の視線は熱愛記事ではないところにあったらしい。それはちょうど熱愛記事の左隣。審神者としての華々しい明日子のデビュー戦詳細とともに、審神者とはなにかを詳しく説明していた。もちろん、政府の仕込みだろう。

しかしまぁ、そんな記事では読者が食いつかない。というわけで新聞各紙はこぞってアイドルの行く末と、刀剣男士との恋模様を切り口に記事を展開しているのである。これだけ美男子がそろっているのだから、恋愛に舵を取るのは必至とも言えるが。

「違う違う、こっちだ」

鶴丸が、明日子と歌仙が槍玉に上がっている記事のあたりを指差す。ようやく記事全体を見渡した明日子は、ふと目を止めた。そこには、刀剣男士と結納した審神者たちのインタビューまで載っていた。取材の許可範囲も狭いなか、よく政府の目を潜り抜けられたものだ……。

「ふむふむ、刀剣男士と結納できるのね。あら、この人は子どもまで……」

何気なく呟いたひとことから、明日子は「あっ」とあることを思い出した。新聞紙を畳み、あっけにとられている歌仙に話しかける。

「歌仙くん、子どもがほしいわ」


本丸に、激震が走った。

空を行くスズメのさえずりが響くほどに静まり返った本丸。いち早く意識を取り戻したのは、林檎のように顔を真っ赤にした一期だった。

「主……な、なにを」

「ヒュー、やっるう」

別段驚きもしなかったらしい蛍丸は、余裕そうに腕を組んで笑う。だが、その他の者はいまだに衝撃から復活できていないようだ。

「私もまだやったことがないから上手にできないかもしれないけれど、コツは教えてもらったから……」

すべての混乱など見えていないと言うように、明日子はすくりと上座から立ち上がり、歌仙の手を引いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ主」

歌仙は額に手を当てながら、頑なに腰を上げない。いま、主はなんと言った。子どもがほしい。上手にできないかもしれない。コツは教えてもらった。……つまり?

「どうかしたの、歌仙くん」

「頼むから落ち着いてくれ……君は、あれだろ。まだ若いのだから……焦る必要はないと思うんだ」

「子ども嫌いなの?」

「嫌いでは、ないが」

「なら、私とは嫌ということね。わかったわ、なら一期くんにお願いしようかしら」

「えっ?!」

「ほしいでしょ?」

突然降ってきた矢尻に、一期は体全身を大きく震わせた。もはや首まで赤く染め、肌には大粒の汗が浮かんでいる。

「き、君は誰でもいいのか!?」

あまりにも変わり身の早い明日子に、歌仙は思わず立ち上がり、明日子の手を力強く握りしめた。眉尻をあげ、明日子を睨む。すると、明日子は「なにを言ってるの」と歌仙に一歩、歩み寄る。

「歌仙くんが一番いいに、決まってるじゃない」

「……!」

石のように固まる歌仙。明日子が軽く手を引くと、糸の切れた凧のようにヘロヘロと前に進む。これならなんとか部屋に行けそうだ。

「なんだかよくわからないけど、さっそくやりに行くわよ。みんな……特に一期くんと蛍丸くん。楽しみに待っててね」

グッと親指を立てて、明日子と歌仙は襖の向こうに姿を消した。待つ?……まさか刀と人は、そんなすぐに子が為せるというのか。刀たちは、足元でぐちゃぐちゃになった新聞たちを、絶望的な気持ちで見下ろすのだった。


◇◇◇


数時間後。

「ず、ずいぶんと長期戦だな」

ハラハラした様子で襖を見る鶴丸。自分がけしかけたせいで審神者が子持ちになるとは、さすがに思わなかったようだ。驚きどころではない。

「ぬしさま……」

小狐丸はというと、柱に寄りかかりながら蛍丸に髪の毛を引っ張られていた。その度にガクガクと頭が揺れて柱に激突しているが、魂が抜け落ちている小狐丸はそれさえ気づかない。蛍丸を止めようと一期が動いているが、彼もどこか上の空である。

「も、もしかしたら休んでいるのかもしれないよ……それかもう産まれて……」

途中まで話して、石切丸は口に手を当てる。しまった、桶や手拭いを用意していない。いやむしろ安産祈願さえしていないではないか。急いで祈願用の道具を取りに行かなくては。立ち上がろうと足を引いたそのとき、襖が音もなく開いた。

「みんな……」

よろよろと、襖に寄りかかるように現れたのは、この本丸の主。明日子である。悲しげな顔をしている彼女に、小狐丸が飛び付く。その動きの早さは、明日子の特訓の成果に違いない。

「おいたわしや!あの文系気取りになにか意にそぐわないことをされたのですね、ぬしさま!」

「小狐丸……」

抱きついてきた小狐丸の頭を撫で、ため息をはく。まあ、たしかに意にそぐわないことではあったが。チラリと一期と蛍丸を見て、ため息を吐いた。

「ごめんね、二人とも」

明日子の謝罪を合図にしたように、完璧なタイミングで襖がもう半分横にスッと開いた。現れたのは、小さな背丈の子ども──……では、なかった。鮮やかな青色と、丁寧に織り込まれた絹が光る。涼やかな笑みを浮かべ、高貴な薫りをほんのりと漂わせる。瞳には、下弦の月。

「三日月宗近だ。よろしく頼む」

「え」

「は」

天下五剣の登場に、本日何度目かの衝撃が本丸を襲った。誰も言葉を発しないなか、三日月の後ろに影がひとつ現れる。

「悪いが……僕はもう部屋に戻るよ」

「ええ、ありがとう歌仙くん。次こそ一緒に短刀レシピで頑張りましょうね」

「もう、好きにしてくれ……」


這うように去る歌仙。それを目で追う、五振。……つまり、あれか。子どもと言うのは短刀たちのこと、だったのか。そして短刀狙いに関わらず、この最高位の太刀を顕現した、と。うちの審神者は化け物か。

視線が、今度は化け物が連れてきたひと振りに集まる。相変わらずにこにこと笑みを浮かべる三日月は、それぞれを見回してから首を傾げた。

「太刀ばかりなのだなぁ、ここは」


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