08

「そんなダンスじゃ幼稚園のお遊戯会だって出られないわよ!」

大広間に、明日子の怒号が飛ぶ。その目下に並ぶ刀たちは肩で息をしながら、額の汗を拭った。幼稚園のお遊戯会なるものがどんなものかわからないが、およそ自分たちには関係のないものだということはわかる。映像を見終わったところで始まった明日子のダンスレッスンに、みな巨大な疑問と疲労感を感じていた。

明日子はひとり、ため息をはく。疲労とは違う、呆れの意味で。むしろ1曲分で疲労するなど、ライブで10曲以上踊る明日子には信じられないことでもある。

「このままじゃ、歌仙くんしか私のステージに立たせられないわ」

「なんだって!?」

太刀よりも打刀のほうが機動力が高いため、当然歌仙は明日子の動きについていけた。が、腰を振ったり大振りに動いたりする振り付けに卒倒しそうになっていた。

それでも主の命令だからと耐えたが、まさか自分だけが見世物にさせられるだなんて……考えただけで発狂しそうだ。

「と、は言っても……太刀だか、らね…難しいよ………それに、一応……っはあ……刀なん、だけどなっ」

一番疲労度が高い石切丸が、呪詛を唱えるような様子で抗議する。しかし明日子はそれを跳ね返す。

「難しいって諦めるのは、やってみてから言うことよ」

スッと真っ直ぐに石切丸を見てから、順に刀たちと視線を合わせる。彼女の真剣な眼差しに息をのみ、静まり返る広間。

「悪いけれど、私はとことんやらないと気がすまない性格なの。やるからには、全力でやりたい」

明日子が話し終わる頃には、荒れた息づかいは聞こえなくなっていた。明日子の空気に飲まれたなか、ひとつ、拍手が打たれる。

「さすがぬしさま。この小狐丸、戦場でもすてーじでも、ぬしさまのお側におります」

次に、やれやれと呟きが。

「なんだか話が違う気もするけれど、僕の主は君だ。雅さもなくて正直いますぐ投げ出してしまいたいが、まずは君の言う通りやってみるよ……」

歌仙の言葉に、弱音を吐いた石切丸は「自分が恥ずかしいよ」と居住まいを正す。蛍丸も一期も、頷く。どうやら、意思が固まったらしい。

「わかったわ。なら私は、必ずあなたたちが見たことのない景色を見せると約束する。そして、一緒にオリコン1位を目指しましょう」

オリコンとはなにかわからなかったが、1位を目指すのだ。きっと未来でいう番付みたいなものだろう。……と、解釈した刀剣たちは気持ちをひとつにした。

そしてさっそくこんのすけを呼び出し方向性を報告すると、こんのすけは「それならば!」と勢いよく空中で跳ねて見せた。

「出陣や内番をしてはいかがでしょうか!資材も溜まり、練度をあげるにもオススメですので!」

「出陣はなんとなくわかるけれど、内番ってなにかしら」

「日直や給食係のようなもの……といえばお分かりになるでしょうか?1日かけてそれぞれの当番を行うのです」

くわしくはこちらにありますので。どこからか出てきた1枚の紙に目を通す。なるほど、馬当番は生き物係で、畑当番が植物係。手合わせが体育係ね。

「内番を命じられている間に、鍛刀をすればちょうどよいのではないでしょうか。初めに政府から支給された手伝い札もあることですし」

ふむ、と珍しく考え込む明日子。凛とした横顔に小狐丸は熱い眼差しを注ぎ、歌仙は苛立ちげに睨む。そんな攻防に気づかないまま、彼女は自らの腹が鳴くのを聞いて「お腹がすいたわ」とこぼす。

「内番はお夕飯を食べながら決めようかしら。お夕飯の準備をお願いね。鍛刀には……蛍丸くん来てちょうだい」

「えー」

「ぬしさま、小狐丸はお連れいただけないのですか」

「別に誰でもいいわよ」

「いや、小狐丸くんには僕らの手伝いをしてもらいたいな。主は蛍丸くんと行ってくれ」

「わかったわ。禊はもう一度したほうがいいのかしら、石切丸くん」

「え?」

明日子の問いかけに、石切丸は目を見張る。先ほど根をあげてしまったから、てっきり幻滅されたものと思っていたが……。自分もまだ頼りにされているらしい。喜びを感じ、それに応えようと目を閉じる。そして感じたのは、明日子の霊力に清やかさ。これなら体調を崩すことなく、鍛刀できるはずだ。

「ああ、問題ないよ」

「それじゃ行ってくるわ」

ぬしさまー!と騒ぐ小狐丸の声を背に、明日子と蛍丸は鍛刀部屋へ足先をむけた。

◇◇◇


蛍丸とともにやってきた鍛刀部屋。資材を直感で決め、鍛刀職人にくべてもらう。そして一緒に手伝い札を手渡すと、職人たちは途端に作業の手を早めた。

「内番、もう決めてるんでしょ」

へえ、刀ってそうやって作るのね。と明日子が眺めていたところで、横に立ち一緒に眺めていた蛍丸から投げられた確信に満ちた言葉。見下ろせば、蛍丸はその丸くて大きな瞳をこちらに向けていた。

「そうね、歌仙くんと一期くんは馬当番がいいとは思ってるわ。白馬が似合うもの。畑当番は、ナチュラルイメージのある石切丸くんと小狐丸くんね。もちろんどれもPVを意識してのことよ」

「ふーん。よくわかんないけど、俺は手合わせってことだよね。でも相手がいないじゃん……まさか、主が相手するの?」

「……」

「ま、馬当番なんて歌仙さんが嫌いそうだし。一期さんひとりにすれば?……しっかし、主ってずいぶん歌仙さんに酷だ、」

よね、と続ける言葉は突然訪れた斬撃に掻き消える。とっさに背にした己を鞘からわずかに抜き、背でそれを受け止める。肩越しに見えた景色に、真新しい刀を手にこちらに斬りかかっていた主がいた。

「ああ、意外といけるわね」

力を緩め、刀を自らの胸の前に戻す。刀身に映る自らの愛らしい姿に見惚れつつ、時代劇主演を務めた頃のことを思い出していた。

余談ではあるが、女剣士が主人公の時代劇であり、当時の過去最高視聴率を叩き出した大人気ドラマだった。明日子の初出演ドラマということもあり、練習も手を抜かず……演技指導の師範すら舌を巻くほどの上達ぶりだった。その本気ぶりで、一度たりともスタントマンを使わなかったという逸話は、アイドル界に一石を投じることとなるのだが……ともかく、明日子は難なく蛍丸に斬りかかり、対等にせめぎあってみせたのだ。

「へへっ、びっくりした……まさか主が刀使えるとは思わなかったよ」

蛍丸は柄に伸ばしていた手を離し、正面から明日子を見上げる。不意討ちだったとは言え、確かに手合わせをするにはいいかもしれない。明日子が手にしている刀を視界に捉え、そんなことを考え……「あ」と、一言こぼす。すると、それを合図にしたように、部屋のなかに光が満ちた。と思うと、ふんわりと薫る桜の香り。

明日子の手から刀が消え、部屋にひとつ気配が増える。桜吹雪がうんだ風に瞼を伏せ、ゆっくりと開く。

「こりゃ驚いたな。今度の主は、随分とお転婆なお嬢さんらしい」

真っ白。
瞳を開いた明日子が抱いた印象は、それだった。ニヤリと笑う彼は、どうやら先ほど手伝い札で鍛刀した刀らしい。なにも考えずに近場にあった刀を手にしただけに、明日子も珍しく驚きで動きを止めた。そしてある気がかりを口にする。

「……豚汁、足りるかしら」


151109
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