07

なぜかよくわからないが、私は太刀とかいう刀ばかり鍛刀する特技があるらしい。ぐっと首を垂直に曲げて見上げた、随分と先にあるふさふさとした髪を揺らす刀を見上げながら「私の器の大きさかしら」と言えば、今しがた顕現した刀は妖艶に笑った。

「小狐丸が大きいのは、ぬしさまをこうするために違いありません」

すると、禊をしたばかりで薄手の着物から肌が透けたままの明日子の体を、しっかりとした2本の腕が抱き締めた。正面から抱かれ、自然と明日子の顔は相手の肩口に向く。と、顔になにやらモフモフとしたものが触れた。その正体をゆっくりと上に手繰っていけば、弓なりに持ち上がった相手の顔に行きついた。どうやら腕の持ち主である彼の髪の毛だったらしい。羽毛布団みたいな温かさだ。禊の滝業で冷えきった体には、ありがたい温もりである。

「あなた温かいわね、湯たんぽ丸」

「小狐丸でございます。大きいけれど、小狐丸。いや、冗談ではなく。まして偽物でも、湯たんぽでもありません。私が小。大きいけれど!」

「ふーん」

話し半分に小狐丸に相槌を打ちながら、再び小狐丸の髪に顔を埋める。その背中に回った小狐丸の腕が、怪しげに動く。あと少しで、引き締まって形のいい美尻に届くというところで、それまで静観していた刀の腕がそれを掴んだ。

「やあ、小狐丸殿。僕は近侍の歌仙兼定だ。ぜひこれから本丸内を案内しよう」

火がくべられ温かいはずの鍛刀部屋の温度が、歌仙の言葉で急降下したように冷え込む。小狐丸は緋色に染まった瞳を転がし、歌仙をじろりと見やる。そしてニヤリと不敵に笑って、腕のなかの明日子を更に抱き寄せた。

「なんと。かように寒さに震えるぬしさまを離すなど、私にはできぬ」

「……」

歌仙の目に、饅頭のように柔らかく押しつぶれ、こぼれそうになっている主の乳房が飛び込んできた。禊の着物は襟が緩み、肌が目立つ。歌仙の目から光が消える。自然と小狐丸の腕を掴む手にも力がかかる。

「狐、手打ちにされたくなければ今すぐ主を離せ。二度は言わない」

ギリッと骨が軋む音を聞き、小狐丸は「あなや」と呟き明日子を抱き締めていた腕を緩めた。離された明日子の体を、歌仙が自らの羽織で包む。

「主、いくらなんでも無防備すぎるよ。いったいなにを考えているんだ」

小狐丸を睨みながら、訪ねる。すると明日子は腕を組みながらひとこと。

「狐の毛皮って、衣装にどうかしらと考えていたわ」

「ぬ、ぬしさま……」

小狐丸の口角がひくりと震える。頭の上にある2つの耳も力なく垂れ、足はゆっくりと後ずさる。それは、檻に捕まって補食されんとしている動物そのままであった。

「すごくモフモフで気持ちよかったから、またあとで撫でさせてちょうだいね」

「!……はい、今晩にでもぜひ毛並みを整えてくださいませ!」

今度は尻のあたりまで伸び、結われた髪が尻尾のように上機嫌に横へと揺れる。そんな小狐丸の姿に、明日子は「実家の鉄人1号みたいね」と、実家で飼っている人懐っこくて尻尾をブンブン降る番犬倒れの飼い犬を思い出していた。


◇◇◇


「ということで、うちの本丸もこれで5振り揃ったわ」

湯あみを済ませ、着替えた明日子は大広間に皆を集めて、まずは小狐丸の顕現を報告した。明日子の右後ろに座していた小狐丸は、誇らしげに背筋を伸ばし「小狐丸だ」と名乗る。すると、明日子の右前に座っていた一期から順に名乗り、互いの紹介を終えた。落ち着いたところで、再び明日子が口を開く。

「禊を手伝ってくれた石切丸くん、一期くん、ありがとう」

礼を言われた2振りは頭を垂れ、控えめにそれに応える。顔を上げた石切丸は「早食いはもうこりごりだよ」と、魚の骨がひっかかった感覚が忘れられないと言うように、喉元を撫でた。

「歌仙くんも、鍛刀に立ち会ってくれてありがとう」

「いや」

明日子の左後ろに控えていた歌仙は頭を下げつつも、横目に小狐丸を睨む。睨まれた小狐丸は鼻唄でも歌い出しそうな様子で座っている。

「蛍丸くんも…………蛍丸くんはなにしてたのかしら」

「俺は鍋を見てたよ」

「あら今晩はなにかしら」

「豚汁」

「いいわね豚汁。すぐにでも食べたいわ。そうだわ、夕餉でも食べながら……」

「主」

「……いいじゃない、会食よ」

歌仙の鋭い呼び掛けに、明日子が噛みつく。だが広間に座していた石切丸が「作り手としては、そんな話はすぐに終わらせて、食事は味を楽しみながらとってもらいたいんじゃないかな」とフォローを入れると、それもそうかと居住まいを正した。……どうにも主は食に執着があって困る。

「5振り揃ったところで、最後のひと振りを鍛刀している間に、あなたたちには戦場に行ってもらうことになるわ。そう、演練というライブに向けて」

「主、らいぶとはいったい……」

「いい質問ね、一期くん。まずは私のデビュー5年目記念のスペシャルライブ映像をあなたたちに見てもらうわ」

明日子が指をパチンと鳴らすと、どこからか半透明な板が明日子の頭上に現れた。ギョッとする皆を置いて、再び明日子が指を鳴らす。と、人々の歓声が大広間に響き渡った。



そこからは、まるで嵐が訪れたようだったと、後に石切丸は語る。光輝くサイリウムと、まばゆい光のなかで笑顔を振り撒く主。蝶のような羽で飛んでみせたり、頬を上気させたりしながら恋を歌う主。

刀剣男士たちの胸に、その光景はしっかりと刻まれたのだった。



151103
151105 修正
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -