飛んでたIf嫉妬幸村

「ごめん、幸村くん」

眉を下げながらそう言われてしまっては、こちらも「大丈夫だ」と言う他あるまい。それともここで素直に「行かないでほしい」と言ってしまった方がいいのだろうか。…いや、ただでさえ年下で子ども扱いされたりするのだから、ここは聞き分けがいいようにしなければ。普段感じている溝を、いっそう深くしてしまうような気がする。

もっとも、そんなことを気にしているのは俺だけみたいだけれど。礼子さんはいつも、俺に気後れしてしまうだなんて言うが、俺だって礼子さんが同級生と並んで話しているのを見る度に感じている。だから少しでも隣にいたいと思っているのに……。

「タケルかい?」

「うん……なんか、家の鍵を忘れたみたいで」

「ふふ、相変わらずだね」

「ほんとね」

礼子さんはあきれたようにため息を吐いて、先程まで俺に向けられていた眼差しを、液晶画面に向ける。その横顔を、真っ赤な夕日が照らした。

夕日に照らされて光るのは、つい最近ようやく重ねることができた唇だ。浮かぶのは、やわらかい笑み。その口で文句を言いながらも、心のなかではタケルを心配し、一番に思っているに違いなかった。

……しかし、まさか一番の障害がタケルだっただなんて。恋人になってしまえば、佐伯や白石などの要注意人物たちもある程度気にしなくてもいいだろうと考えていたからこそ、この事態は予測していなかった。

せめてもの抵抗をと、口を開く。

「じゃあ、送っていくよ」

「え?いやいや、幸村くんの家って逆方向だよね。ここからなら家だって近いし、大丈夫だよ」

「もう少し一緒にいたいんだよ……ダメ?」

「う」

「礼子」

「……はい」

礼子さんが、呼び捨てにされると弱いことは、もちろんわかっている。何度呼んでも頬を赤く染めるその姿は、その度に胸を締め付けてくる。

思わず頬を緩めて、礼子さんの細くて小さな手を握る。礼子さんはこれでもかと目を見開いてから、アスファルトに視線を下ろす。こんな反応が、俺はすごく好きだ。年の差なんて、些細な問題だって思えるから。

「ずるいよ……」

うーん、それは礼子さんに言われたくないかな。なんて。まだまだ恥ずかしくてそんなこと言えず、ただ笑みを返した。




「ねーちゃんまだかなぁ……腹へった」

部活がないからと、体育の授業で思う存分動きすぎたせいで、タケルの胃袋に入った食材たちはとっくにエネルギー燃焼を終えてしまっていた。しかし、なぜ鍵を忘れたのか。たしかに鞄に入れた気がしてけどな……。今朝の記憶をたどるなかで、はたと息を止める。

そういえば、まだ内ポケットのなかを見ていなかった。ガサガサと鞄を漁る。そして指先が冷たいなにかを掠めた。

「おー、あった」

キラリと光るそれは、確かに我が家の鍵である。まさか内ポケットにあるとは思わなかった。誰がいるわけでもないが、どこか決まりの悪さを感じて頭を掻いていると、背後で「あれ?」と聞き慣れた声がした。この声は、ねーちゃんだ。俺はすかさず後ろに振り向いて、右手で鍵を見せる。

「ねーちゃん!鍵あっ……」

「「……」」

「た、……はは」

視線の先に、手を繋ぎながらこちらを見ている二人を認めて、俺は猛烈に後悔した。呆れ顔のねーちゃんの隣で、恐ろしいほどにきれいな笑顔を浮かべる幸村部長様。ねーちゃんがなにやら俺に言っているようだが、なにも耳に入ってこない。

どう見ても放課後デート中じゃん。え、ねーちゃんもうそんなかんじのことしてんの。手とか繋いで、歩いてんの。

幸村からのプレッシャーに潰されそうになっていた心臓が、なにか別の感情からさらに締め付けられる。

「まったく……あんたのために早く真っ直ぐ帰って来たって言うのに」

「……え、真っ直ぐ?」

ねーちゃんの思わぬ言葉に視線をあげる。隣の幸村が、さらに笑顔を深くしたが、なぜだかタケルはホッとした。ねーちゃんのなかでは、まだ俺が大切なんだ……。行き場のなかった不安が、一気に飛散していく。

「礼子さん、俺はこれで失礼するね。また今度ゆっくり遊ぼう」

「え、ああうん……ごめんね幸村くん」

「気にしないで。タケル、明日の部活でね」

「ウ、ウスッ」

明日の俺がんばれ。なんて思いながらも、僅かに感じた優越感に酔いしれる。幸村くんに手を振ってから、ねーちゃんは家の扉を開いた。無意識にそれについていき、靴を脱ぐ。リビングへ向かうねーちゃんが、ため息を吐きながら俺を見ている。

「鍵、もう忘れないよう鞄につけときなよ。適当に入れとかないでさ」

「はは、そうするわ……」

苦笑を浮かべながら、タケルはまた鍵を適当に鞄に放り入れた。



160502


伏見とおる様リクエストで、「飛んでた」のテニプリif幸村と恋人になるも無自覚に弟タケルくんを優先してしまう夢主なお話。でした!

姉弟離れができない困ったちゃん。実はタケルの方が重症だと、私が楽しかったのでそんなかんじになりました。この後も幸村と仲良くしてるのを見るたびに抱きついたりウザ絡みし続けながら、なんとか少しずつ距離を置くのだと思います。そして結婚式で、両親よりも号泣して……子供できたら貢ぎまくるんじゃないでしょうか。

素敵なリクエストをありがとうございました!
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