朝、いつものように学校へ行こうとすると、慌てた様子でタケルが玄関まで追いかけてきた。ただでさえ狭い玄関なのに、なんなのこいつ。礼子がじろりと睨むと、なぜかタケルは唇を尖らせて、靴をひっかけ家を出ていく。なにいまの私なんかしたっけ。してたとしても、いらっとした。
ムカムカしながらローファの踵で地面を叩き、礼子も家を出る。鍵を閉めてから、通学路である道を見ると、なぜかそこではタケルと、色眼鏡……もとい、氷帝学園に通う忍足侑士が言い合いをしていた。いや、どちらかというとタケルが噛みついてくるのを忍足がいなしているようだ。相変わらず、キャラホイホイしてんなぁ。横目に見ながら、礼子は学校に向けて歩き出す。
「ほな、行こか」
……なぜか、忍足が隣にやってきた。え?タケルは?驚いて振り向くと、体がぐるんと回される。気がつけば、私と忍足の間にタケルが立っていた。な、なんだこれは。
「いい加減、邪魔せんと。せっかくの二人きりやのに」
「うるせえ!」
なんのつもりなのかと聞こうとしたが、再び喧嘩が勃発してしまって、そんな隙もない。いやー意味わかんないな。二人で登校すればいいだろうに、なんで私の隣に並んでんのかな。
いくら考えてもよくわからないので、とりあえず私は朝からでかい犬を散歩してるんだと思いながら、登校に専念することにした。あ、そう思ってたらなんか後ろから高級車きた。
ブ、ブーッ
避けたのにクラクションを鳴らされた。犬の散歩が台無しだと内心でため息をつけば、黒ガラスが静かに開いた。そこから覗いた、麗しきご尊顔に礼子は歩みを忘れる。
「アーン? 侑士じゃねーか」
「なんや、高そうな車やと思たら、跡部か」
キラキラエフェクトでもかかっているのかというくらいに眩しい至高のイケメン、跡部様だ。口が開いて塞がらず、しげしげと眺めてしまう。すると、麗しき双眼が、こちらを向いた。やばい。本物のオーラはんぱない。礼子、死す。
「これか」
よろけそうなところで踏ん張っていると、なぜかニヤリと笑われた。しかも、モノ扱いされた。だが、ハハーッとひれ伏したくオーラにあてられて、たじたじとしてしまう。
結局、なんか跡部様に「よろしくな」とか言われたりしたけど、よくわからなかったので無言で頷いておいた。それに満足したようで、跡部様の高級車は滑るように去っていった。不思議な体験だったけど、もうお腹いっぱいだ。家に帰りたい。
だが、事件は続く。
「あ、礼子さん」
横断歩道で、今度は幸村くんに会った。右手に本を持っているので、どうやら読書の真っ最中だったらしい。それなりに顔見知りでもあるので、軽く頭を下げる。さっきのいまなので、上手く笑えた自信はない。
「礼子さんがこの道使ってるなんて知らなかったな。僕もよく使うんだけど」
「へ、へー」
幸村くんは本を鞄にしまって、完全に私と話す体勢だ。どういう状況よこれ。混乱のあまり信号機を睨んでいると、視界の端でなにか言いたそうにしている忍足が映る。今度はそれが気になってきて、礼子は幸村と会話しながらもチラチラと忍足の様子をうかがった。もしかしてガックンと喧嘩して登校しづらいとか? さっきの跡部様の「よろしくな」も「おもり、よろしくな」だったのかもしれない。ありえるな。
「そろそろ、こたつが恋しいですよね」
「ね、ねー」
無難な返答をしながら、時おりふむふむと考えている礼子。幸村は苦笑いして、後ろで気弱に歩く彼に聞こえないように小さくこぼす。
「さすがに意地が悪かったかな」
「ねー、……え?」
「いや、なんでもないです。……さてと、タケル。忍足の背中に隠れてもバレてるから、そろそろ行くよ」
「え!? きょ、今日、朝練ないよな」
「うん、いまできたんだよ」
「えー!?」
俺レギュラーじゃないのにー!と、断末魔の叫びを上げるタケルを、幸村が首根っこをつかんで引きずっていく。よくわからんが、タケルは犠牲になったようだ。
手を合わせておこうと持ち上げた両手。なにかがそれを包み込んで、引き寄せた。そして、いまだに聞きなれない関西弁が降ってくる。
「堪忍してや」
成人向けボイスが耳をくすぐり、思わず身を震わせた。驚きの声を上げる間もなく、礼子の左頬は忍足のブレザーに埋もれる。いや、だから。なに、これ。あれかなまだ夢見てんのかな。
「人前でいちゃいちゃしたくないって言うから気ぃつけてるけど、ホンマはつらいんやで。まだ様子見てるやつもおるし……わかっとる?」
全然わからないです。ウルトラ超展開に、吐きそうです。あと、信じられないくらいに頬が熱くて、目眩さえしてきた。なんか心臓がキューッともしてき、……え?ちょっと待ってなんか知ってるこの感覚。
一方、忍足は目を白黒させ始めた礼子を前に、忍足は諦めとも感嘆ともとれる息を吐いた。
正直、どんな表情も可愛くて仕方がなく、いますぐにでも抱き締めて謝ってしまいたかった。だが、そんなことしてしまえば、恥ずかしがりやな礼子に警戒されかねない。付き合ってまだ1カ月……頭を撫でるところから、地道に行こう。
礼子の両手を包んだままの左手を離し、胸に抱く頭をポンポンと軽く叩く。と、混乱のなかにいた礼子がしげしげと見上げてきた。
「私、忍足くんが好きみたいだわ」
時が止まった。
「あ」
自分が口に出した言葉を理解したとき、礼子顔を青ざめさせた。しまった、あまりのことに、言ってしまった。逃げたい。
忍足が礼子の言葉を理解したとき、逃げ出そうとする礼子を逃がすまいと、きつく腕で抱き締めた。
冬の寒空のした。二人が思うことはさまざまとあったが、同時に、人が恋に落ちる音を聞いていた。
141105
そよのさまリクエストの「飛んでた」If忍足ルートでした。本編でもまだ恋模様が描けていないので、いろいろと手探りでしたが……一応年上ということで、さん呼び。呼び捨てすると主人公さんは発狂しそうですからね。というか、多分したんだと思います(笑)。ちなみに、忍足は自転車通学のところをわざわざ主人公さんの学校最寄から電車通学してます。愛ですね。
ご期待に添えたか、不安は残りますが……。とても楽しみながらお話が書けました。
19万打企画へのリクエスト、ありがとうございました!
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