Ifハイキュー

汗でしっとりとした体操服。ドンチョウのように重たく体を包むそれによって、ただでさえ体育の授業で飛んだり跳ねたりして熱くなった体が、さらなる熱気を纏う。襟元をハタハタと動かすと、外の空気が服のなかを抜けていった。

「礼子、行かないの?」

次々と体育館から消えていく背中のひとつが、礼子に振り返る。礼子はから笑いを返しながら、横抱きにしていたそれを見せた。

「ボールやってから」

そう。本日、クラスの1日奴隷、もとい日直である礼子は体育の授業で使ったままになって転がっているボールを、全てもとの通りに体育準備室に戻さなければならなかった。放り出されたままのボールたちを眺め、その数に地味に時間がかかりそうだなと思った。

手伝ってくれないかなぁ?というわずかな希望を抱きながら友人を見ると、彼女は薄情にもきびすを返して「部活あるから、先行ってるね!」と、体育館を出ていった。く、くそう。帰宅部である私への当て付けか! 腹立たしさで踵をズンズンと鳴らしながら、一番遠くで転がっているバレーボールの元にたどり着く。なんでこんな体育館の端にボールが転がってくんだよ。片手でつかみ、そしてボールカゴを眺めた。なかなかの距離があるし、なによりまだまだボールが転がっているのでいちいち往復するのも面倒だ。

「……」

軽くバレーボールで、床を叩く。ポーンとバウンドしてきたところに腕を添えて、授業で習ったばかりのレシーブを放つ。

パァァン

景気のいい音をたてて、ボールは打ち上がり、放物線を描きながらカゴにすぽりと収納された。……意外と入るものだな。

「よし、これでさっさとやろ」

早く帰宅したいという思いから、礼子は様々な体勢でボールをカゴに投げ入れ、しまいには背中を向けたままカゴを確認しないでも入るようになって、段々と面白くなってくる始末で、礼子はテンションを上げたまま、ボールを鋭いサーブとともにカゴの中へ葬り去ったのだった。これであと1球で一丁上がりか。最後のボールはどこかなとぐるりと体育館内を見回すと、それは体育館の入り口に転がっていた。そして、はたと気がつく。入り口に、もじゃもじゃとした頭と、冴えない黒ブチめがねをかけた男性が立っている。

一瞬礼子は、しまった……と思ったが、別に超人的な身体能力で床を破壊したり、砲丸投げをしたわけではないし。大道芸とも言えないただのボール入れをしていただけだ。特に警戒する必要も──……

「す、すごい! ききききみバレー部に入らないかい!?」

あった

「すすすごく正確で、しかも重いレシーブとサーブ……あんな球、全国でもなかなか打てないよ! 女バレでも見ない顔だし、ぜひバレー部にって、あっでも部活入ってる、よね……」

機関銃のように放たれた言葉の濁流に溺れそうになる。なんだこのマシンガン。これはさらに面倒なことになりそうだ。自分に備わった野生の勘を信じ、礼子は頷く。

すると男性は肩を落として、海に漂う海草のようにふにゃりと力を抜いて項垂れる。あーびっくりした。

「なら部活のあととか、5分とか、ちょっとだけでいいから時間もらえないかな!」

「いやいやいやいや! そもそもバレーとか……今日授業でやったくらいなんで、ほんと!」

「え!? す、すごい!」

「〜〜っ!」

だめだ、このままじゃ埒が明かない。礼子は話に見切りをつけて、ボールカゴを一瞥する。

「バレー部なんですよね?」

「うっ、うん! 顧問の、武田です!」

顧問だと? 答えた彼はご丁寧にも、自らの足元にいた最後のバレーボールを拾い上げて、片腕で握り拳をつくってみせた。たしかに、ジャージ姿とマッチしてる。

納得すると同時に、ドバッと一気に冷や汗をかきながら、礼子は面倒ごとを引き当てる自らの不運さを恨んだ。というのも、この厄介ごとが発生している体育館入り口から、複数の影がこちらを覗いているのだ。

もしかしたら、フラグニスト・タケルがあの影のひとつだったりして、さらにとんでもないことになるかもしれない。あいつ中学とか高校とか関係なく現れるからね。油断せずに行こう、というわけで、さっさと退散だ。

「じゃあ練習で使うでしょうから、ボールカゴはこのままにしときますね。失礼します」

「あっ!」

入り口に立ちふさがる武田先生を振り切ろうと、駆け出す。武田は逃げ出してしまうとわかったようで、礼子に駆け寄ろうとしたが……。スニーカーの足先が床にひっかかり、足がもつれる。

「うわああっ」

「!」

投げ出される武田先生の体と、レザービームのように鋭く下降してくるバレーボール。顔にかすりかねない軌道だと読んだ礼子は、瞬時に身を引いて、腰を落とした。

パァァン

乾いた音が体育館の高い天井に反響する。球はそれまでの勢いが嘘のように、まるでシャボン玉が風に乗って浮んだかのような柔らかさで、ふんわりと打ち上がった。そのまま、ボールカゴのなかにポスリと納まる。

ふう、とレシーブをした体勢のままで安堵のため息吐く。そして、床にうつ伏せの状態で倒れている武田先生の腕を引っ張り、立たせる。しかしなにもないところで転けるとは。どじっ子属性なんだろうな。

「失礼します」

ぼんやりとしている武田先生に、これ幸いとぺこりと頭を下げて、体育館通路に出る。念のためと扉からこちらを見ていた人たちを見たが、前髪だけ金髪まじりな少年と、オレンジ頭の少年顔に見覚えはない。さあさあ、ならばさっさと帰ろう。

今日は書店に寄って行こうかな、と礼子は背中に刺さる視線に気づくことなく、陽気に体育館を後にした。


141103

紫麻梨さまリクエストの、「飛んでた」Ifハイキューでした。時系列的には、ハンターに飛び終わったあたりです。いろいろと詰め込みたいことがたくさんあったんですが、私の文才ではこれが限界でした……! このあとは、体育館の入り口から見ていた西谷や翔陽が大興奮して主人公を捜索して、なぜか元後輩になってるタケルをきっかけに発見されて、技のコーチとしてしぶしぶ協力していくんではないでしょうか……う、うう…全然書き足りない。またリクエストなり、時間があればぜひ続編を書きたいです!

19万打企画へのリクエスト、ありがとうございました!

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