飛んでたIf弱ペダ続

「ほんと、いい加減にしてほしい」

炎天下の中、ギコギコと嫌な音をたてるママチャリに跨がりながら、自転車カゴに入っているランチバックと水筒を睨む。あいつが弁当箱忘れたんだから、昼ごはん抜きでいいと思う。なのに、なんでこれ届けないと私の昼ごはんが抜きになるんだ……!母の理不尽な命令に泣く泣く従いながら、市街地を走る。

「この間乗った競技用のやつなら、もっと速かったのになぁ……あいつが乗っていくし、私が普段使ってるのは母さんが昼の買い出しに使ってるし……」

それで、このおんぼろママチャリ。ギコギコギィギィ……せめて油を注すくらいのメンテナンスはしといてよ、母さん……。あまりにも人の注目を集めるし、音が鳴らないように漕ぐか。

ペダルの漕ぎ方を少し変えて、音が鳴らないように漕ぎ進める。箱根の坂道に差し掛かるが、変わらずに行けそうだ。

すると、カーブから直線の坂に差し掛かった先に、自転車に乗る人の背中が見えた。あれはたしか、タケルが着ていた「箱根学園」のジャージだ。ということは、タケルがいるはず。

「っし」

本気で漕いで、さっさとタケルにこれを渡し、昼ごはんにありつこう。ハンドルをしっかりと握り、加速する。どんどん後ろに飛んでいく背景たちと、ものの数秒で追い付いた背中。

「うーん、違うか」

「え!?」

タケルじゃない。なんかやたらと筋肉質な男の子だ。タケルはこんなムキムキじゃない。でもきっと部員さんだろうから、ついでに聞いておくか。

「すみません、タケルってどこ走ってます?昼ごはん渡さないといけなくて」

「た、タケル先輩ですか?えっと……今は皆、外周中でして……えっと、ハァハァッ……この先を走っているはず、ですが」

「そっか、どうも。疲れてるところごめんね。ありがとうございました」

片手を上げて、再び加速する。するとまたしても同じジャージを着た人達を発見。おお、今度は何人か集団で走っているようだ。えーっと、タケルは……タケル…………。

「タケルいないのかよ!」

ふざけんなよ。もっと先にいるってこと!?さすがにお腹もすいたしいい加減ぶちギレそうだ。怒りのあまり歯をギリギリと噛みしめていると、礼子の存在に気づいた人物が「おや」と声をかけてきた。

「タケルのお姉さんですよね」

「………………あ」

赤茶色の髪に、垂れ目。タケルと一緒に雪見大福を届けに来たイケメンだ。彼は「随分と年季の入った自転車ですね」と言いながらなにかを食べ始めた。おいおいなに見せびらかしてんだよ。こちとら朝ごはんにバナナしか食べてないんだぞ。

「んん〜!?女子ではないか!この俺を追いかけに来たファンに違いないな、そうであろう!?」

「タケルに昼ごはん届けに来たんですけどどこにいますかね?!」

ファンとか、なに?!そんなの幸村くんでこりごりだから!と、いきなり話しかけてきた黒髪にカチューシャのイケメンに寒気を覚える。

「む?タケルなら、先に部室でメンテナンス中のはずだぞ」

部室〜〜〜〜!

「そうですか……」

「まあ、この道を上がっていけば部室はすぐそこだがな」

あまりの衝撃に、ペダルを漕ぐ足が止まる。それと同時に、錆び付いた金具たちがギィギィと悲鳴をあげ始めた。カチューシャの彼は一瞬目を見開き、驚いた様子で「それは、スーパー買い物号か!?」と意味のわからないことを叫んでいる。

「へぇ〜タケル先輩のお姉さんって、クライマーなんですね。ママチャリで山登るのなんて、東堂さんと小野田くんくらいしか見たことないなぁ……そうだ、勝負しましょうよ」

「……いやもうほんと、私ただお昼ごはんが食べたいだけなんで……じゃ」

面倒ごとは嫌だ。さっさと部室に行こう。適当に回しながら休めていた足を、再び本気で回す。音がピタリとやみ、坂道を静かに登っていく。なにやら後ろから声が聞こえたが、正直自分の腹の出す音の方が気になる。

「タケルタケルタケルタケル」

「ああ!?んだてめェ……って、おいおい。おめーらも何ペースあげてきてんだヨ!」

「待て、荒北」


また二人抜かした礼子。実はその後ろに、先ほど抜かしてきたレギュラーメンバーがいたのだが、それを振り替えることもない。なぜなら礼子の目標はただ1つ。

「タケル……!」

爆走を続けたその先に、ついに見えた建物。その前には、能天気な顔で自転車をメンテナンスしているタケルがいた。その真横に、ドリフトの要領でピタリと自転車を横付けしてやる。小石がビシビシと飛び上がって、タケルにぶつかる。

「いたたたたたァ!」

「はい、昼ごはん」

痛みのあまりうずくまるタケル。そのまま顔面に水筒をぶつけ、弁当箱はそっと横に置く。母さんが作った料理だからね。

「いってえ!……姉ちゃん、と」

涙を目にためながら顔をあげたタケル。なぜ姉がこんなところにという表情をしたあと、礼子の後ろに控える人影をみて絶句した。

「な、なんで皆を従えてるの」

そこには、箱根学園きってのスター選手たちが、肩で息をしながらなんとか立っているという謎の光景が広がっていたのだ。全く息も上がらずに立つ礼子とは、対照的すぎる。

「じゃ、渡したからね」

礼子はそれにも気づかず、グゥグゥと鳴き続ける自分の腹をさすりながら、再びママチャリに跨がって、颯爽と去っていった。

「いや、あの……え」

未だに状況が分からずに取り残されたタケル。その後、レギュラーメンバーたちから怒濤の質問と再戦の申し出に襲われ、礼子の連絡先を渡すことになるのだった。



171118

橙子様リクエストで、「飛んでた」の弱ペダ続編。礼子さんに屈する箱根学園のお話でした!

事細かにご指定いただき、ありがとうございました。そして大変遅くなりましてすみません……!なにより、きちんとご要望にお応えしたものに仕上がっているか、かなり不安ですが……。とてもおもしろいストーリーをご要望いただけたので、私自身もすごく楽しみながら書くことができました。

素敵なリクエストをありがとうございました!
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