飛んでたIf歌王子続

人生はよく崖登りに例えられる。


自身の腕力でしがみつき、足場の安全を確認しながら黙々と登っていく。なかには疲れてしまい登ることをやめる人や、自分の力量もわからずに登り、滑落する人がいる。本当に登りきれるのは、経験を積みながら慎重に淡々と登り続けるような人間である。

本当に言い得て妙だなと、礼子は崖の頂を乾いた笑いで見上げた。そのままちらりと眼下を望めば、筋肉自慢の芸人が顔を真っ赤にしながら礼子を追いかけている。しかしその腕は疲労から震え、限界を訴えていた。


《おっと〜!?礼子選手、筋肉芸人を見下ろし勝利の笑みを浮かべた〜!》

人工の自然建造物を設営した野外会場が、アナウンサーの言葉に大きく湧く。──いや待て、勝利の笑みってなんのこと!?

《アイドルと思えない体力と運動神経ですね、タケルさん》

《えっあ、はい……》

いやいやいやいやまずアイドルにこんな番組出させるとかおかしいんじゃないのかな!?タケルも微妙なコメントしてんじゃねーぞ。そもそもお前がそんなだからこんなことになるんだろうが!?そんでなんでお前は選手じゃなくてコメンテーター席に座ってんだよ!

怒りのまま、足に力をいれて高く跳躍する。早くこの収録を終わらせるために。そう、なぜか私がアイドルとして参加している、この体育会系ガチバトル番組の収録を……。

崖の頂に立つフラッグを掴んだ。


《──ゴ〜〜〜〜ル!!》

かくして、礼子の無駄に高い運動能力がお茶の間に流れ、体当たり企画のオファーが殺到することとなったのであった……。

まず、なぜこんなことになったのか。先述したように、全ての原因はタケルにある。タケルが生み出したとんでもない超展開で、アイドルにスカウトされた翌日。何気なくつけたワイドショーで「大注目アイドルユニットのデビュー決定!」という見出しで、タケルと礼子の写真がカットイン。すでにアイドルとして活躍するタケルの紹介とともに、実の姉として礼子の略歴が続く。

呆然とテレビ画面を眺めていると、携帯がすごい勢いで通知を伝えるためにバイブレーションし始めた。ぼんやりしながらスマホ画面を見ると、これまたとんでもない数のLINE通知とメール、電話、リプライが届いている。

「ハアアアアアア!?」

叫びながらタケルに連絡すると、笑いながら「姉ちゃんの得意なこと聞かれたから、体が丈夫で運動が得意ですって言っといたから〜!さっそくなんかの番組が決まったよ」と、またしても意味のわからない言葉が返ってきた。

ね、タケルのせいでしょ?

「ほんとお前いい加減にしろよ」

「痛い痛い痛い痛い痛い!」

次の現場へ向かうロケバスの中で、タケルのこめかみを親指でグリグリ。昨日もあまり眠れていないし、怒りも疲れも限界を迎えそうである。あの番組以来、アイドルなのに歌わない企画にばかり呼ばれて、オリンピック選手や世界記録保持者を打ち砕く的な番組ばかりに出続けていた。ネットでも「歌わせてもらえない系アイドル(笑)」と呼ばれ、ファンには何故か「姉貴」と呼ぶガテン系男子やら「お姉さま」と呼ぶ、ふわふわ女子が入り乱れている。本当に、どうしてこうなった。

「到着です。礼子さん、タケルさん入りまーす」

ロケバスのドアが開き、促されるままにスタジオ奥へ進んでいく。たしか今日はドラマの撮影だったな。私は大体、体を使うだけのアクション演技ばかりで、台本の台詞も「私、こんな役回りばかりね」って一言だけだった。なんだそれ。私かよ。私の半生かよ。一方、タケルはめちゃくちゃ台詞が多いらしく、私にグリグリされたこめかみを押さえながら、台本片手にウンウン唸っている。ざまあ。

「はい、じゃあまずは主人公役の日向さんと、工作員の礼子さんが揉み合いになって、礼子さんがマウントするまでのシーンから」

「はい……」

まあ、出番が多いのは私なんですがね。ということで、今日は明日の朝までスタジオに缶詰め。最初からハードなバトルシーンと来たもんだ。ちなみに、お相手はなかなかのマッチョさん。この方もアイドルらしい。日向、とか名字かっこいいよね。白眼みたいな。

「ノってきたら、カメラ止めずにどんどん組み手しちゃうつもりだからぁ……礼子ちゃんも、先輩だからって遠慮しないでねぇ」

監督の人が真顔のまま間延びした口調で話しかけてくる。業界人怖い。ビクビクしながらも頷くと、刑事役でもある日向さんがネクタイを少し緩ませながらくしゃりと笑った。

「ま、そう固くなるなって。初めてのドラマで緊張するだろうが……俺も女の子だからって遠慮しねぇから、自然と本気にさせてやるよ」

し、しびれる〜〜〜〜!

なんだこの人!爽やかイケメン!ッカァ〜〜〜〜、久しぶりにときめいた。これだよこれ。これが正真正銘、正統派イケメン。飾りっ気のないシンプルな出立もまたいい。……よし、せっかくこう言ってもらえたんだからがんばろう。私、がんばります。日向さんを全力でぶちのめして、マウントさせていただきます!

「それじゃいってみようか……3、2……、スタッ」

初めて生でこのコール聞いた、という感動を抱きつつ、さっそく首もとに伸びてきた相手の右手を左手で払い落とし、素早く膝を曲げて上体を下げる。その合間に相手から右足で蹴りを入れられそうになるが、それは右手でいなす。グラリと後ろに傾いた相手の鎖骨辺りに左手の掌を添えて、そのまま床に向かって押し込む。これで重力のままに、相手は背中から床に体を打ち付けることになる。そのまま馬乗りになれば、終了だが……。

「っち、」

日向は、左足を大きく後ろに回して、傾いていた上体を支え踏みとどまる。そして再度礼子の首もとを掴み、上体を反らして……背負い投げ。

「おっと、ふぅ……」

が、礼子もそのままおとなしく投げられるままではない。素早く空中で身を翻しながら、捕まれたままの首もとの服を破って、その手から逃れる。

「なかなかやるな」

「そっちこそ」

互いにニヤリと笑い合い、再び組み合う。今度は正面突破とばかりに、右手の拳を腹に食らわせて、足払い。またしてもこらえようと動く日向さんの軸足を払ったことで、今度こそ床に伏せさせた。

「っく……」

「私の本気、どうですか」

腹の上に腰を下ろしつつ、足で相手の足を雁字搦めにする。垂れる横髪を耳にかけながら、床に縫い付けた日向を見下ろすと、色気たっぷりにこちらを見据えて……。

「……なかなか、熱くなったぜ」


ッカーーート!


スタジオに響き渡る監督の声。そこでようやく礼子は、ここが撮影現場であることを思い出した。しまった、台詞にないようなことベラベラ言っちゃったよ……!

おそるおそる監督を見れば、台本を握りしめながら一心に真っ直ぐとこちらに向かってきているではないか。あ、終わった。役降板からの炎上だわ。

「それが礼子くん、君の本気の演技か」

「えっ」

肩を一度バシリと強く叩いた監督の目は鋭く光り、こちらを射抜く。しかもそのあとには「脚本呼べ!書き直すぞ!」と大声が飛び、なんと脚本書き直しのためにそのまま今日の撮影が全てストップすることになった。

「……」

呆然と立ちすくむ礼子。やばい、なんか私とんでもないミスした。絶対にやばい。こればかりはタケルではなく自分のミスだ。

「おい」

「ヒィッすみません!」

反射的に謝りながら返事をすると、声をかけた日向は「なに謝ってんだよ」と礼子の肩を軽く叩く。

「あんな演技するなんて、すごいじゃねぇか。正直、かっこよかったぜ。あいつらに見習わせたいくらいだ」

「フォーッ」

「しかもあの監督なかなかOK出さないことで有名なんだが……まさか、脚本書き直しとはな」

「す、すんません。私が調子に乗ったばかりに」

「いや、お前の演技がすごかったからだろ。同じ事務所としても、嬉しいもんだ」

同じ、事務所?よくわからないが慰めてもらっているらしい。どこまでいい人なのこの人。あまりのことに膝が笑いかけていたが、おかげでスッと気持ちが落ち着いた。

「姉ちゃ〜ん、書き直しさせるとかどんだけだよ!おかげで台詞覚える時間稼ぎになったけどさ」

「お前のためじゃねーから」

ほっこりしてるところに現れたタケル。意図せず助ける形になってしまったらしい。真顔のまま伝えた言葉も「またまたぁ」とふざけた調子で返してくる。こいつにも私の本気、見せとくか。

「って、日向先輩!おはようございます」

「ああ。そういえば、姉だったな」

ん、先輩?

「はい!あー……姉ちゃん、なんか失礼なことでご迷惑かけちゃってませんかね」

「いやむしろ逆だ。女に熱くされたのは久しぶりだったぜ」

「……………………せ、先輩?それって、あの」

なにやら青ざめているタケルの脇腹を、肘で突付く。今それどころじゃない、と返されたが無理矢理に耳を引っ張って「ねぇ、なんでこの人のこと先輩って呼んでんの」と耳打ち。すると、目玉が飛び出るんじゃないかって勢いで目をひんむかれた。

「はあ?!同じ事務所の日向龍也さんだからだろ。なんだったら事務所の取締役だからな?!」

「取締役!?」

待って私、取締役に本気でマウントしたの?!ていうかなんで事務所の取締役がドラマで主人公やってるの!?

姉と弟でそろって顔を青ざめさせながら日向さんを見ると、彼はニカッと笑って「じゃ、次もよろしくな」とスタジオから出ていってしまった。


そして絶望して一睡もしないまま迎えた翌朝。今日の撮影も休みになった連絡とともに、書き直された数話分の台本が届いた。どうせ降板だ思っていたのにと開いた台本。さてさてどこまで出番が消えたかな……。

しかしなぜか、礼子の役が主人公のヒロインに昇格され、膨大な台詞の追加とともにラブシーンの加筆までされている。ナ、ナニコレ。ドウイウコト。ドッキリ?だが、カメラや人の気配を、お得意の念で探すもなにも見つからない。

「今すぐ別の世界に行きたい……」

礼子は初めて、自らそう願う。しかし悲しきかな。その願いが叶うことはなく、ただうめき声をあげながら腹を決めるしかなかった。


171119

片桐様、水瀬夕鶴様、無名様リクエストで、「飛んでた」if歌王子続編でした。

すみません、私の好みで日向先生相手にしてしまいました。アクションが強い礼子さんということもあり、この展開には遅かれ早かれなるだろうなと……。このあとも、礼子さんはアイドル(笑)みたいな伝説を打ち立てていくことでしょう。御殿とか行列に、すごく出演してほしい……。

素敵なリクエストをありがとうございました!
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