飛んでたIf刀剣2

春のひざしをあびながら、縁側であくびをひとつ。どこからともなく聞こえる鳥の鳴き声。それが人工的につくられたものとは、やはり礼子には思えなかった。ましてや、ここが“本丸”と呼ばれ、タケルが主になっているとは。

無意識に、礼子の体がこわばる。

「礼子さん?」

「あ、ごめん起こしたかな」

しまったと後悔しながら謝罪をこぼすと、自身に体を預けながら眠っていた可愛らしい虎たちが不安げに礼子を見上げてきた。白くふわふわした髪が、春の光にキラキラ輝いてきれいだ。

ああ、どうやら完全に起こしてしまったらしい。ぐずったらどうしよう。その昔、タケルにびえんびえんと泣かれた幼少期を思い出しながら、とりあえず虎たちに埋もれている少年の頭を撫でる。

「あったかい、ですね」

少年はふんわりと笑って、顔を礼子の胸に埋めた。ささやかな膨らみの間におさまったそれを、どうしたものかなと黙りこんだ。

異性とはいえ、幼い見目の彼をはたき落とすのは忍びない。……まあ、子どもだから、母恋しいのかも。そう無理矢理に納得して抱き締め返してやると、ふわふわ頭が胸元でさらにもぞもぞと動き出した。な、なんだかくすぐったい。勘違いかもしれないが、少年の両手が胸に添えられているような……。

「ご、五虎退くーん?」

「あむ」

「!」

右の胸に、布ごしに感じる歯の感触。

あ、あれ。ちょっと待って、あ、え、噛みついてるよね。ぶるりと体を震わせると、唇を離した五虎退くんが八重歯を見せたまま頬を染め笑う。

「す、すみません……えっと、噛みついちゃいました」

そんなことを可愛らしく言われてしまっては、礼子の羞恥もすっかり鎮まってしまう。天使か。天使の悪ふざけか。なら仕方ないよね天使だから。

「………………そっか。でも、噛みついちゃダメだよ。びっくりするからね?」

上手く笑えた気がしないが、なんとかそう返す。なぜ刀剣である五虎退くんがこんな行動をするのかは、昨夜のタケルから聞いた話から察することはできる。


「姉ちゃんが、ある日突然消えたんだ」

加州に体を支えられながら、ぽつりとタケルが話し出した。

なんでも、私はある日突然タケルの前から消えたらしい。そして突然消えた私を探すなかで、政府のある計画にたどり着いた。……というか、私を探し回るタケルに対して、政府から接触があったらしい。その話というのが、こうだ。

お姉さんはいま政府のミスで世界のなんたらかんたら(覚えていないらしい)に巻き込まれ、異空間を何度も移動している。もう人とは言えず、人にも戻れない。会うにはタケルが審神者になって、お姉さんを神として発現させるしかない。

「それでまあ、いろいろ悩んで審神者になったんだけどさ、姉ちゃんなかなか出てきてくれなくて」

私は、世界を渡る度に神気がたまり、かなりレアな刀になっていたらしい。もうこの際、政府のミスとやらには触れないことにするが。まさか、あの世界旅行で神気とやらが生まれていたとは。

「神気が高い分、姉ちゃんがそばにいるだけで刀剣たちが必殺真剣……えっと、つまり超絶頂状態になるらしいんだ」

「超、絶頂……」

「詳しくはわからないけど、男士にはあまり近づかないでおいて。なにするか、わからない……」

そこまで話すと、タケルは一度息をついた。どうやら一気に話して疲れてしまったらしい。加州がそれを気にすると、タケルは頷いて再び床へついた。

「ごめん。数日はこうだと思うけど……復活するまでは、まあ……のんびりして、て」




そう、超絶頂状態。
おそらくこの五虎退くんの様子はそれが原因だと思われるのだ。なんちゅー言葉だと思ったが、実際にこの状態を言うなら、マタタビでメロメロになる猫。五虎退くんが、つい先ほど会ったばかりの私の胸を噛みついたのには、そういう理由があったのである。


「あの、あの……」

「ん?」



「直接さわったら、だめ、ですか?」


ダメに決まってるよね。

なに言ってるんだと、思わず口があんぐりと開く。しかし五虎退くんは、もじもじしながらも堪えられないとばかりに、その白い手を私の隊服のなかに入れてきた。

「ギャーッ!」

ブチブチとボタンが取れていき、前が勢いよく肌蹴ていく。我慢たまらず、礼子が立ち上がるのと同時に、部屋の襖が勢いよく開いた。視界の端で捉えたのは、爽やかな空色。

「五虎退……!」

「い、いち兄!」

王子様のようななりをしたイケメンが、眉をつり上げて現れた。そして礼子と目が合うと、ボッと顔を赤らめた。

「離れなさい!」

「う、ごめんなさい……!」

涙をたっぷりためた五虎退が、礼子の膝上から飛びあがり、畳に転がって、水色の彼が開け放った襖から飛び出ていく。

……それにしても、びっくりした。まさかこんな小さな子に服を破損させられるなんて。噛まれた場所が赤くなっているのを確認していると、ブラウスを押さえてた手をパシリと掴まれた。軽く体を引き寄せられ、服がさらに肌蹴て現れたのは、見慣れた縛り跡。

「そ、……その跡は」

「ああ、これは」

視線の先を認めれば、納得。立体起動装置の固定跡だ。足のバネで充分縦には跳べるものの、そこから横や後ろに移動するにはやはりいるなと、嫌々ながらも着けていたベルトの跡である。武器の装着跡だ……と言う前に、水色頭の王子が声をあげた。

「……主はこの事、知っているんですか」

「主?タケ、じゃなかった…主ね。ん〜…いや言ってないから、知らないんじゃないかな」

あぶないあぶない。タケルの名前は言っちゃいけないんだった。かわいらしい隈取りの狐に口を酸っぱくして言われた言葉を思い出し、誤魔化すように頬を掻く。

「なんと……なんと、」

慈愛に満ちた眼差しを私に向けてくる、水色の彼。イケメンだな〜と見つめ返しながらも、そろそろ捕まれた手首が熱くなってきた。も、もういいんじゃないかな。

「なんと、」

「あはは……まあまあ。痛くはないですし。それより出ていった五虎退くん…追いかけないと」

「……なんと、美しい」

「美し、……は?」

「礼子殿……」

なんだ、これは。

背中から、トサリと倒れる。畳の青い香りが近くなり、天井が遠くに見えた。天井の格子を呆然と見ていた私だったが、遮るように現れた水色にドキリと心臓が跳ねた。

「あのー……?」

じとりとした汗を額に浮かべて見上げるも、彼はまったく動じた様子もなく、むしろより距離を詰めてきた。そしてついに鼻と鼻がつきそうになったところで、スラッと襖が開く音。

「姉君様、主が目を……」

はたと、押し倒された私と目を合わせた男は、凛と組む正座をそのままに、わずかに唇を開いたまま固まった。数秒見つめあってから、視線だけを私に乗りかかる青年に向ける。

「──一期一振、貴様なにをしている」

言葉が発せられたときには、正座をした彼からの視線は、鋭く温度のないものになっていた。そして一期一振、と呼ばれた男は糸が切れたように一度体を脱力してから、ビクリッと大きく肩を震わせる。

「さっさとのけ!」

「っ……!」

怒号に近い叱責の言葉は、部屋全体に響いた。こ、こわい……。廊下で正座したままで入室すらしていないのに、この迫力。タケルの部下、こわい。

「も、も、申し訳ありません!」

「い、いえ」

上から消えた青年は、ほとんど転がるような勢いで畳の上に座り込み、そのまま額を盛大に床へ打ち付けた。いわゆる、土下座である。

「主に報告させてもらうぞ」

「……はい」

「えなにそれただ恥ずかしいだけなんでやめません?!全然気にしてないので!」

「そういうわけにも参りません」

「いやだって、でも、跡が」

きっと話の流れで、この体についたベルト跡を糾弾されるにきまってる。そんなの、面倒だしなにより恥ずかしい。騒ぎになる前になんとかしなければ。

「跡?」

やたらと背筋のいい男は、こてりと首を横に倒す。なんだおいかわいいな。なぜか悔しさを覚えながらも、礼子はいそいそと衣服を整えて立ち上がる。

「とにかく!他言無用、ね!」

語気を強く、ダンッと一歩踏み込む。

バキッ

「あ」

がくりと、体が傾く。景色がぶれて、踏み出した右足が宙をかく。そして足先が地につく前に、礼子の上体は再び畳に伏した。

力加減を誤って、畳が抜けたのだ。

「あ、姉君ーッ!」


したたかに打ち付けた額が、ジンジンと痛む。片耳を畳に押しつけた状態で、礼子はこれまで感じたことのない羞恥心と戦い、そして確実に大きくなりつつある複数の足音に身を震わせて、つぶやいた。

「前途多難……」



161117

升羽様リクエストの「飛んでた」if刀剣の続編、でした。

このあと、穴が開いた原因は鶴丸だと騒がれ、自分の怪力だとは言い出せずに濡れ衣をきせたり戦闘で怪力がばれて恐れられたり、頼りにされたりします。

大変お待たせしたうえに、シャッキリしていない形で申し訳ないです……!許されるなら、続続編を書きたい……。

素敵なリクエストをありがとうございました!
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