なんてったってIf

本丸にほとんどの太刀が集まり、審神者として何枚目かのアルバムも出した。可愛くて美しい私にミステリアスがプラスされ、占いジャンルもいけるのではないか。そんなことを考え、歌仙くんと話していたある日のこと。政府支給の端末が鳴り響いた。

「まったく、その雅さのかけらもない音……どうにかならないのかい」

生け花を生ける手を止めて、じとりと見てくる歌仙くん。「私の美しさに免じなさい」と説得すると、苦虫を噛んだような顔をする。なんて雅な顔なのかしら。






《お疲れさまでした》

いろいろな現場で言われなれた言葉が、端末の向こうから投げられた。特に最近イベントもなかったはずだが、いったい何にたいしてのお疲れさまなのだろうか。

《礼子さんのご協力の甲斐あって、この度審神者の人口が目標値に到達しました》

「……あら」

《おめでとうございます。元の芸能活動に戻れますよ》

青天の霹靂とはこのことか。詳細はまた後日、と言って端末は沈黙した。目の前に座していた歌仙が、生け花の剪定をしながらこちらを伺う。

「どうかしたのかい」

「ああ、審神者を辞めていいわよって言われたわ。お役御免ってやつね」

「え?」

「保留にしてた主演映画なんだったかしら……いまから役作りしなくちゃ」

パチン

歌仙の剪定鋏が、桔梗の花を落とす。ぼとりと、首から落とされた花を、礼子は驚きながら眺める。まるで生首のようだと思った。

「歌仙くん、花が」

「……ああ本当だ、困ったね」

おかしな歌仙くん。


◇◇◇

「辞めるの?」

その日の晩、夕餉後に「話があります」と、刀たちを引き留めた。そして、元の芸能活動に戻ることを伝える。静まり返る室内。なぜここまで静かなのか。話がわかりにくかったのかと口を開くが、蛍丸くんの問いで口を一度閉じる。そして頷く。

「ええ、当然よ。いくつか仕事も決まったから、明日から準備を始めるつもり。忙しくなるわね」

「ですが主、我々は……」

一期一振は行儀よく正座したまま、困惑した様子で礼子を見つめる。我々?ああ、彼らの待遇についてか。

「その辺りはこれからだと思うけれど、私の後輩アイドルが来るかもしれないわね」

「君の、後輩が……」

それまで黙っていた石切丸くんも、厳しい顔つきで私を見てくれる。なんだこの雰囲気は。とてもじゃないけど、送別会の計画も話せそうにないわ。こんのすけも呼んでいられない。

「ぬしさまは随分と悲しいことをおっしゃる。我々など棄て、現世に戻ってしまうなどと」

「棄てる?いいえ、それは違うわよ小狐丸くん。私は審神者を辞めるだけで、時間があればここへ顔を出すつもりよ。ただ審神者が変わるだけだわ」

「いーや、変わらないね」

一層冷たくいい言い放ったのは、鶴丸。いつも笑みを称えていた眼差しは、礼子を射殺すほどに鋭い。礼子は溜め息を吐き、いまいちど口を開く。

「あなたたちが何を怒っているのかわからないけれど、私はアイドルを辞める気はない。これだけは譲れないわ」

「……主はなぜ審神者になられたのですか」

俯いたまま、一期一振はいつかの問いかけを投げてきた。あれはたしか彼を鍛刀したばかりの頃だったか。そういえば、ついにあの答えは見つからなかった。……いや、それが答えなのかもしれない。

「ねえ、主。そんなに向こうがいいの?」

気づけばすぐ横に、蛍丸が立っていた。座った状態で彼を見上げ、礼子は大きく頷く。

「私が私らしく……アイドルでいられる場所は、あそこだもの」

「そっか、じゃあ……」

蛍丸くんの小さな手が、私の手を包み込む。

「仕方ないね」

優しい眼差しを向ける蛍丸くんの笑顔が、ぶれる。そして礼子の意識は真っ黒に塗り潰された。



◇◇◇



「主、これで最後かい?」

「ええ、ありがとう」

歌仙が、色鮮やかな本や服の入った箱をゴミの山に投げ込む。なんとも頼もしい文系男子である。まだここに来たばかりだが、直感を信じて彼を近侍にしてよかったと思う。

庭の一角でやろうと運んでみたが、意外と多かったな。いくつもできたゴミの小山たち。どれもこの本丸にいた前任の荷物だったらしい。荷物の多さに感心しながら眺めていると、鶴丸がそのうちのひとつの衣装を引っ張り出してきた。そしておもむろに、私の体に当ててくる。

「なに?」

「いや、君に似合うなと」

「冗談」

鼻で笑って、衣装を取り上げる。そのままゴミ山に投げ入れた。露出が多く、人に媚びるような服が似合うだなんて、随分なことを言う。

「なんだ、気に入らないか」

「当たり前でしょ。私と前任者は違う人間なのよ」

「……そうか、そうだな」

笑う鶴丸に、どこか違和感を覚える。前任者のことをまだ引きずっているのかもしれない。

「ぬしさま、火をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」

小狐丸が灯明を差し出し、礼子に手渡す。姿が見えないと思えば、火を取りに行っていたのか。礼にその頭を撫でながら、揺れる火を確認する。そして、ゆっくりとゴミの山にくべた。瞬く間に火は燃え広がっていく。

本丸中の太刀が眺めるなかで、ひとりがポツリと呟く。

「火はこうしてすべてを消していくのですな」

一期一振だ。

「あら随分と詩人なのね。詩集で一筆書いてみたらどうかしら」

「……っ」

一期一振は驚いたように目を見開き、伏せた。冗談だと言うのに、真面目な刀だ。三日月あたりを見習ってもらいたいものだ。いや、あそこまで行くと問題か。獅子王あたりにしておくか。いやあれもだめか。そんな一期一振なんて想像もつかないし。

しかし、くだらないことを考えている。こんなことをしていないで、さっさと掃除を進めなければ。そう思いながらもなぜか私の手は進まない。そんな礼子の手を、隣に立っていた蛍丸が握りしめた。ともに火を眺める。ふとあるフレーズが礼子の頭のなかを流れ始めた。

唇を開き、音が生まれる。

「……主、その歌」

覚えてるの?

表情を固くし、問う蛍丸。礼子の口ずさんだ歌は、間違いなくあの歌だった。忘れるわけがない。蛍丸が初めて聞き入った歌だったのだから。

「よくわからないけれど、特に思い出もないのよね。記憶力には自信あるのに」


昔のことを振り返るが、やはりあの歌についてはなにも思い浮かばない。そもそも私はあまり歌が好きなわけでもないし、仕方がない。

「きっとたいした歌でもないのね」




(これからずっと一緒だから)

151211

美月様リクエストの「病んだ刀剣男士達がアイドル審神者を神隠ししてしまう話」でした。リクエストありがとうございました!

礼子さんが審神者になった理由を見つけられなかったら、きっとこんな終わりかたになるのではないかと。石切丸と蛍丸あたりにアイドルのときの記憶を消され、普通の自意識の高い美少女になった礼子さん。そのせいで、神隠しをした刀たちはまったく別人にしてしまったことを悔いる日々を過ごします。記憶のない礼子さんは、案外平常通り。

さらに補足をしますと、審神者については歌仙から間違った知識を与えられていて、政府の存在を知りません。孤立状態であり、政府からは見つからない処置がされています。

まだ長編の太刀人数が限られているので、どこまで出そうか迷いましたが……結局会話は初期部隊のみに。そして伏線もいくつか出しましたが、いったいどこまで回収できるやら。

書きたいことがたくさんあり、いつも以上に散らかった文になってしまいましたが、すごく楽しかったです!

素敵なリクエスト、ありがとうございました!
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