身長差のない恋人 後日談

これは戦いだ。

名前は、わくわくしながらこの部室の扉を叩いたことを悔やんでいた。愛用している英語ノートも、すっかり折りグセがついてしまっている。それでも少しずつ進んできた和訳。あと一息だと、名前は生徒たちに向けて口を開く。

「次の、Today is not Monday……ですが」

「わかった!」

「! 田中先輩、どうぞ!」

ビシッと垂直に立てられた腕は、彼の自信のほどを現すように堂々としている。ようやく数時間の努力が実を結んだのかと、名前は感動すら覚えながら、田中の回答を待った。これでやっとスタートラインに立てる。この際、なぜ学年が上である田中先輩にまで教えないといけないのだとか、疑問に思うことはやめよう。さあ、回答を!

「東大は問題じゃない!」

いや、大問題なんですが

膝から崩れ落ちたくなったが、なんとか両腕を机に突いて堪える。そして、名前はほとんど初対面ながらに思った。男子バレー部は、大会のことよりもまずは自分の進学の心配をしたほうがいいと。

そもそものことの発端は、昨夜西谷先輩からきた一通のメールだった。自室でマンガを読んでいた名前ら横目に、西谷先輩だけに設定してある赤いランプが点滅したのを見た。そして、西谷先輩がいつぞやの試合で見せたレシーブ並に素早い反応で携帯を拾い上げたのだった。

これがラインだったら、既読が早すぎて引かれていただろうな。そのわりに返信が遅いから、気持ち悪く思われそう。……西谷先輩のことだから、そんなことないとは思うけど。本当に、毎日好きになってくよ……じゃ、なくて!

そのメールには「明日、放課後に時間ないか?」と書かれていたわけだ。時間?もちろんあるに決まってる!ということで、返信すると「テスト勉強しようぜ」とのお返事が返ってきたのである。

瞬間、私の頭のなかで西谷先輩が「ここは、N進法を使うんだぜ」とか、教科書片手に微笑んだ。いやあああっ満点間違いなしだよ!これ!

そして、翌日の放課後。
名前がメールで指示されたとおりに、バレー部の部室に訪ねると……なぜかバレー部みなさんが迎えてくれたのだった。試合後に目の前で西谷に抱きつくという珍事を見せて以来の再会。謝ればいいのか、なぜここに勢揃いしているのだと聞けばいいのか、名前はわからなかった。迷子になった子どものように不安そうにしながら視線を泳がせる名前の前に、一団のなかから不機嫌そうな西谷が現れた。

「西谷先輩……!」

「悪い、名前……捕まった」

「へ?」

戸惑い動きを止める名前。すると、西谷に続いて一団のなかからなにかが名前の前に出てきた。男子だ。男子が2人、直立状態で名前に願った。

「「勉強、教えてください!」」

そして、冒頭に戻るわけである。



「苗字さん、これわかんない!」

「オイッ! いま俺が聞いてんだよ!」

「ええー! 田中さん、さっきからずっと……」

「口答えすんな! 日向!」

「あの……喧嘩しないでくださ、ん? なに? 影山くん」

「……これ合ってるか?」

「うん、合ってる」

大賑わいの部室内は、その人数の割りに狭い。机もひとつしかないため、私は塾の先生のように立ちながら。机には「サボらねーか見張っててやる!」と豪語した田中が陣取っている。他の2人……同学年の日向くんと影山くんは床に座りながら問題を解いていた。どうしてこうなった。

西谷先輩いわく、着替え終わって帰る頃にこのあとの予定を聞かれ、ポロリと言ってしまったらしい。しまったと思ったときには、部室内が冷やかすような雰囲気で満ちていた。そして、血眼な田中先輩に肩を掴まれ、じゃあ一緒にやろーぜ……と。

だからさっき、物腰が柔らかそうな先輩がかわいそうだよって反対してくれたのか。しかし結局田中先輩に押しきられて、他の部員たちは帰ってしまった。

流されるままに彼らの背中を見送る名前に、西谷先輩は「断りきれなくて悪い」と言ってくれた。だが、名前は言うほど残念がってはいなかった(驚いてはいたが)。というのも、二人きりだと……どうも、緊張してしまうのだ。

教科書から顔をあげ、名前は「帰りは一緒に帰れたらいいな」と、数分前に飲み物の買い出しに出た彼のことを思い呟いた。

すると、突然。
腰辺りに衝撃を受ける。

「うるせえ! 俺が聞くんだっつってんだろ!? 俺のだ!」

「!?」

日向くんと言い合いをしている田中先輩が、なぜか私に抱きついてきた。椅子に座りながら、上体で名前の腰をホールドしている。

「ギャアアアアア」

予想外の行動に、名前は叫びながらもなんとか振りほどこうとするが、ガッチリと両腕を回されていて無駄な抵抗に終わる。やめてくれと言おうとするも、瞳孔の開いた瞳に射ぬかれて膝がガクガクしてしまった。もうダメだ絞め殺される。と思ったそのとき、背中がなにか温かいものに包まれた。

「龍。コイツ、俺のだから」

大好きな声が名前の鼓膜を揺らす。その声に、まず耳が熱を持ち、次いで頬が紅潮し、最後には足先から髪の先までとろとろに熟れていく感覚がした。後ろから覆い被さるようにして抱き締められながら、名前は幸福に胸を震わせる。

「名前、悪いな」

「に、にしのや……せんぱ……」

おずおずと振り返ると、西谷先輩が名前を後ろから抱き締め、ニッと笑った。瞬間、ズキュン、と撃ち抜かれる感覚が走る。ああ、もうこのまま死にたい。どうにでもしてくれ。目を瞑り、身を委ねる名前。心なしか抱く西谷の腕の力も増したように思う。

「いちゃついてんじゃねぇぇぇ!」

部室内で響いた田中の叫びに、夕刻を飛ぶカラスが哀れむような鳴き声で答えるのだった。


141003

もりむーさまリクエストの、西谷短編の後日談でした。このあとは西谷もまじっての勉強会が始まって、そのうちに差し入れ持ってきた大地さんとスガさんが登場するんじゃないかなと。

付き合いはじめてからまだ1カ月も経っていない二人が書けて、幸せでした!イチャラブがまだぎこちないこの二人が、今後どうなっていくのか。また書く機会があれば、書かせていただきたいです。まだキャラ全然出てきてないですしね!

19万打企画へのリクエスト、ありがとうございました!
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