×007

最悪な長期任務からようやく解放され、疲れのとれない体でやってきた本部。とあるいけすかない男のためにまた新たに増えた腕の生傷を撫でながら、モニター越しにこちらを見据える上官を見上げる。もしこれがモニターでなかったら、噛みついてやれたのに。そしたら休暇をぶんどって、その日のうちに中東にでもとんで身元を隠して、こんな組織とはおさらばしてやるのに。

電子パネルの光をうらめしく見ていると、「元気そうでなによりだわ、名前」と月並みな言葉を連ね始める。またしても、名前の眉はつりあがった。名前は、まどろっこしいことがこの世で2番目に嫌いなのである。苛立ちを叩きつけるように、モニターを睨みながら卓上を叩いた。

「さっさと要件を話してちょうだい!……まさかまたあの女ったらしのおもりじゃないでしょうね、M」

叩きつけた腕をそのままに言い切り、Mの言葉を待つ。ちなみに、あの女ったらしというのは名前の腕に生傷を増やしたいけすかない男、張本人であって、名前がこの世で1番嫌いな男でもあり、ここ最近名前の行く先々に現れ迷惑している男のことだ。

同じエージェントだと言うのに、奴と組んだ任務では作戦を無視した独断先攻をされるのは当たり前。なんとか狙撃などでサポートをするも、夜に礼と称して部屋に押し入られてベッドに縫い付けられた。もちろん、その度に全力で抵抗するため全て未遂ではあるが、もはや任務よりもこのときが1番センシティブになる。

……そして上官であるMも、名前の苛立ちを理解しているし、もっともであるとは思っていた。しかしそれ以上に、エージェントたるもの道具に徹するべきであるという信条がある。そう割りきるからこそ、このMI6でトップになっているのだ。

「そのまさかよ」

「God damn!」

下ろし立てのピンヒールを打ち込むように、床を蹴った。

「またボンドーのくそったれを援護しろっていうの?!あいつとの相性最悪だって何度も言ってるじゃない!」

「私の記憶では、あなたたちのコンビのこれまでの任務完遂率は100%だと思ったけれど?」

「この私のサポートあってこそよ!チッ……こんなことなら、あの金髪の潜入についていくんだった」

数カ月前に本人からお誘いがあった、潜入任務。コードネームがつくとか中2臭い話で断ったけど、これなら彼についていった方がマシだったわ。たしかコードネームは、スタウト……だったか。イギリス人でありながらビール名だなんて。ほんとセンスないわ。いまから潜入できないかな……そしたら私は日本人だし、梅酒とかかな。

「ああ、彼なら殺されたわよ。潜入先の組織で。つい昨日のことよ」

「……は?」

殺された?

「そこであなたたちの出番なのよ」

組織に漏れたMI6のノックリストを破壊。報復もできれば……ボーナスがあるわよ。



というわけでやってきた、日本。警察病院。ボンドとともにバスから降り、目の前の建物を見上げる。

「ここか」

「言っておくけど、あなたは最終手段だから。私の横から離れないで」

隣でネクタイをピシリときめた長身の男……ボンドを睨みあげる。すると奴はフン、と鼻で返事をしやがった。

「随分と嫉妬深いんだな」

「目立つことしたら、対抗斜線に停まってる車に睨まれるわよって言ってんの」

目線をやらず、隠密する気が微塵も感じられないカラーをした青のダッジ・バイパーを指摘すれば、ボンドは不適な笑みを浮かべる。

「わかったうえで、お前の腕を買っているんだ。期待しているぞ」

「ちょっと!」

名前に背を向けて、ボンドは歩き去ってしまった。その背中は病院とは真逆の、駐車スペースに消える。……また適当なこと言ってあのヤロー。怒りで拳を震わせながら、名前は病院の受付に向かう。あと数メートルで病院入り口の自動ドアというところで、腕時計を気にしながら電話している、随分と姿勢のいい男性を見かける。胸元に光るのは……公安のバッチ。

たしか、ノックリストが奪われたのは公安の施設だったはず。そもそも警察病院に公安の人間が出入りするのは不自然だし、それにも関わらずスーツまで着てきているのだから、公的な用事に違いない。ということは、彼はキュラソーの身柄を拘束にきていて、今は上司に携帯で連絡しているって感じかな。

ゆっくりとその背中に近づく。

「はい、身柄受け渡しの書類は持っています。はい。……では、ここでお待ちしてます、風見さん」

ビンゴ

日本の組織は大丈夫なのか。同じ日本人だからか、心配になってしまう。まあ、おかげで今回は助かったが。名前は電話を終えたばかりの男に近づき、いつものようにその背中に軽くぶつかる。

「あっ」

男が振り向き、視線がこちらを向いたのを確認しながら、体を床に倒れさせる。計算通りに折れたヒールが、男の足元に転がっていく。

「す、すみません」

「……たたた、……い、いえ」



160930

みたいなかんじで、ボンドガールの主人公が安室さんの部下に成り代わってかかわってキュラソーを助けるお話。いつか続きかけたらいいですね

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