マイ・ダーリン

「名前、あなたを誇りに思うわ」

母から告げられた言葉が、名前の頭のなかを反響する。そして、安堵する。私の旅の理由はこれでいい。自分を説得するように言い聞かせながら、名前は眼下に広がる広大な海原に、ため息を落とした。

甲板には、影が二つ。

ひとつ、高く伸びた影が名前の影に寄り添った。名前は隣に現れたそれを、見上げる。彼は、珍しく苦笑を返した。

「……心配してくれるの?」

名前の肩に、大きな手が添えられる。熱を持たないはずのそれが、ほんのりと暖かく感じた。晴天の空を編まれた金髪が舞い、水晶のような碧眼は細められる。彼が笑った。それだけで泣きそうに曇っていた名前の気持ちが晴れていく。

「わかった、私がんばるね」

と、同時に止まっていた船が動き始める。乗船者が乗り終わったのだろう。せっかく静かになったというのに、また騒がしくなるのか。と、名前は甲板を見回した。……そういえば、あれだけうるさかった乗務員たちの姿が見ない。

「様子、見に行こっか」

再び、彼は微笑を返した。



承太郎たち、ジョースター一行は飛行機が不時着したのちに、ようやくまともな移動手段を確保した。にもかかわらず、偽物の船長によって船を爆破され……漂流しているところを、いま乗船した船に拾われたのだった。今度こそこれでエジプトまで無事に着けばいいが。そんな空気が満ちていることに気がついたジョセフが、通信機器をいじりながら「朗報があるぞ!」と声をあげた。承太郎はいまいち信用ならねぇなと、期待せずに自身の祖父を見る。

「いま連絡があったんじゃが、助っ人がこの船に乗っているらしい」

「助っ人、ですか?」

船室内を覗きこんでいた花京院が、ジョセフに振り返る。他のメンバーは信用ならないと言わんばかりの表情で船室の探索を続行する。しかし、ひとりでも注目してくれたのが嬉しかったのか、ジョセフは胸を張って頷いた。

「難攻不落の守備を誇るスタンド使いじゃ」

「助っ人どころか、船員すらいねーじゃあねぇか」

鼻で笑う承太郎に、ジョセフはグヌヌと呻く。まさしく図星である。だがそのとき、少し前に拾った密航少女が、なにかを見つけたと騒ぎはじめた。

ホレ見ろ!と大人げなく駆け出したジョセフ。一行もそれに続いて、騒がしい船室内を覗き込む。なかには、大きな鉄格子の檻がひとつ置いてある。そして、ふてぶてしい様子のオランウータンが一匹捕らわれていた。生き物がいるのであれば、餌を与えるやつがいるはずだ。手分けして人を探そうと結論に至り、ジョセフは部屋の入口を見た。そのときだった。

「アブドゥル!その水兵が危ないッ!」

叫ぶジョセフ。視線が、アブドゥルの側にいつの間にか立っていた水兵たちに注がれる。彼らのすぐ後ろに、クレーンが迫っていた。間に合わない。全員がそう予感するよりも先に、なにかが鉄の鍵手を弾き返した。

ガキィン

ぶつかり合うような音ともに、一行の前からクレーンが消える。代わりに、スラリとした体躯の男が現れた。右手には、クレーンを薙いだであろう剣が握られている。そしてなぜか、その胸にはひとりの少女が大切そうに抱き止められていた。剣を構えながら少女の頭を押さえ込むようにして守るその姿は、さながら姫を守る騎士のようだった。

驚き、固まるジョースター一行を尻目に、男の両腕で包まれていた少女は、胸に埋めていた顔をそっと上げる。横顔から見える瞳は、うっとりとして、熱を浮かべていた。

「ありがとう、ダーリン」

砂を吐くほどに甘い雰囲気だ。承太郎は、母親に無理矢理に見せられた、いつかのラブロマンス映画を思い出した。

「……君は」

口を開いたのは、少女たちと数歩ほどしか離れていないアブドゥルだった。全員の疑問でもあったそれを受けて、少女は「ああ」と、初めて承太郎たちにたちに気がついたそぶりで目を瞬く。そして男の腰あたりに伸ばしていた手を離し、胸元からなにかを差し出した。

「私は名前。よろしく」

少女の右手から覗くのは、スピードワゴン財団のマークが書かれた1枚のカード。ジョセフが、再びニッと歯茎を出して笑う。

「そうかそうか、話は聞いておるぞ!君たちが、助っ人のスタンド使いじゃな!」

名前に笑顔を向けて、そのまま視線をもうひとりの方へ移動させる。ジョセフの視線の先には、名前の身体を守るように両腕で抱き締め、微笑を浮かべる美青年が立っている。まるで恋人同士のような様子に、初な花京院はジョセフのうしろで無意識のうちに視線を離した。

「ね、ねぇ……君たちって?」

歓迎ムードのなか、密航少女が口を開く。名前が何者なのか、説明を受けていない少女にわかる話ではないだろう。だが、話すわけにもいかない。

「あーいいからいいから、お前は気にすんなって」

少女に、ポルナレフは頭を数回優しく叩くことで答える。いま誤魔化すような会話で横槍を入れてしまっては、まとまる話もまとまらない。それでもなお少女はなにか言おうとしたが、みんなが全く自分を気にかけてもいないことに気がついて、口をつぐんだ。……それでも、やっぱり気になる。

「それで……彼は?」

「彼は、」

ジョセフは、一言も離さない男に名を聞くつもりで疑問を投げる。すると、名前が口を開くよりも前に、密航少女が我慢しきれないと叫んだ。

「あんたら頭おかしいんじゃないの!?」

「だあああっ! だから、うるさいっての!」

「コ、コラ 静かにせんか!」

暴れだした少女をおとなしくさせようと、押さえつける。喚く口許には鍋の蓋のように手のひらで蓋をする。だが、それはすぐに犬歯で噛みつかれた。

「いってえええ!」

ガブリとやられて歯形のついた手を、ポルナレフは一目散に退避させる。熱いヤカンを触ってしまったときのように、熱を持つ手に息を吹きかける。ジョセフはポルナレフに気をとられて、少女を止める人がいなくなってしまった。

「だって、彼ってなんだよ! そのしょんべん臭い女以外に、誰がいるってのさッ」

「は……?」

はた、と船内の空気が止まる。一行の視線が少女に向いているなか、承太郎だけが「そういうことかよ」と名前を見た。勘のいいジョセフも、一拍遅れて息を飲んだ。

「ま、まさか……!」

確かな答えを持つ名前は、隣に立つ青年に寄り添いながら、今度こそ口を開いた。


「彼はマイ・ダーリン。私のスタンドです」



141108
補足:マイ・ダーリンは、いかなる危険からもドラマチックに守ってくれる、鉄壁なスタンドです。精神の成長とともに、他人も守れるようになります。名称もマイ・ダーリン(darling:彼)→マイ・ハビィ(hubby:旦那様)に。

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