「馬の美尻を追いかけてたの」
おかしい。
料理を作るために、食える雑草を引っこ抜いていた俺の腕が止まった。ジョニィのやつなんて暢気なもので、飯ができないかってまだ煮たってもいないただの水が張ってある鍋を見続けている。俺はもう一度、名前を見返した。
「俺、参加理由を聞いたはずだよな?」
「うん、だから答えたでしょ」
薪を拾う手を止めて俺を見上げてくる名前に、言葉もでない。つーか、冗談にもほどがあるだろ。このSBRに女子が単体で参加してるってだけでもかなり珍しいんだぜ?さらに、首位グループの俺たちにも引けをとらない走りを見せてるんだ。思い出つくりとかなんかじゃなく、こいつは本気で優勝を狙ってる。それも、相当な理由があってのことだと……思うじゃあねぇか。にもかかわらず、なんだって?馬の尻を追いかけてるだけだと!
「カァーッ!んなくだらねぇ理由で俺たちと同位とは、情けなくなってくるぜ!」
「どんまい」
いちいち返答がムカつくんだよ!思わず俺は、食材となる草を根こそぎぶち切ってしまった。それにまたしてもイライラしながら鍋の元へ戻れば、名前は「なんで怒ってんの」なんて言いながら、松ぼっくりを抱えながらあとをついてくる。ていうか、薪を拾えって言ったのに、なんでこいつは松ぼっくりなんて抱えてんだよ。
「でもさ、それなら別にこんな上位グループにいなくてもいいんじゃあないか?馬の尻を見るならさ、前にたくさん尻があったほうがよくない?」
空気を読んだのか、読んでいないんだかわからないジョニィの投げ掛けに、名前はチッチッと人差し指を振り子時計のように揺らした。おい、松ぼっくり鍋に入ってんぞ。
「美尻っていうのはね、ジョニィくん。走りに適した筋肉のついた、クイッとしたお尻のことをさすのだよ」
「ああ、なんとなくわかるかも。女の子のお尻と一緒だ」
「……そうなの?」
「うん。名前もなかなかの美尻だよね。実は後ろ走りながら思てた」
そうかなぁ、と言いながら自分の尻を揉みだす名前。ピッタリとした、タイツのようなズボンが、揉むたびに柔らかく形の変わる尻の様をありありと見せつけてくる。俺は唾を飲み込みながら、能天気なその頭を軽くはたいた。
「痛い!」
「つまりあれか、筋肉のついた尻を追いかけていたら、ここまできちまっていたと」
「そうだけど、なんでいま叩いたの」
「オタクの参加理由がしょうもないからだよ」
「……じゃあ聞くけど、2人はなんでこのレースに参加してるのさ」
さぞ、ご立派な理由なんでしょうね!と、吠える名前。俺とジョニィは顔を見合わせた。こいつのことだから、遺体のことを言ったところで「へー、ほー」とかしか言わないだろうが、なんとなく真実を言う気にはなれなかった。昨日知り合ったばかりだから、というわけではない。ただ、巻き込みたくないだけなのだ。苦笑を返すジョニィのやつも、きっと同じ気持ちなのだろう。
「なに突然アイコンタクトしてんのキモイ、あんたたちできてるの?優勝したら全世界に向けて結婚宣言するために参加してんの?」
とんだホモカップルだったわね、やっぱりディエゴのとこ行けばよかったかなー。と言いながら俺たちと距離をとる名前。おいおい、それこそ冗談じゃあないぜ!
「ち、違うよ!純粋に優勝を目指しているだけさ」
名前のことが気になっているらしいジョニィ坊やは、そらもうすごい勢いで名前と距離を詰めながら否定していた。名前も、車イスとは思えない加速っぷりに「ひええ」と恐れおののいている。俺は沸騰してきた鍋に、随分と小さくなった乾燥肉をナイフで削りいれながら、その様子を眺める。
名前とジョニィの後ろでは、地平線に夕日が沈もうとしている。夜のとばりは、すでに俺の後ろから迫っていた。肉がふやけてきたのを確認して、かき混ぜていた棒で、鍋の縁を叩く。カンカン、と甲高い音に2人が振り返る。
「おい、飯にするぞ」
「待ってました!」
兎のように跳んでくる名前に、少し不機嫌そうなジョニィが続く。飯ができちまったもんは仕方がねぇだろ。他意はないって、ほんと。
「んまぁーっ……イダッ!なんかこのスープ、木片入ってるんだけど!なにこれ!」
「松ぼっくりだろ」
「ふざけんじゃないわよ!」
周りは夜を迎えて、静寂に包まれているというのに俺たちだけは関係なく騒がしい。名前の怒号やジョニィの焦り声が響くなか、俺は指で耳栓をしながらもいつもの笑いが口からこぼれていく。しばらくそうして賑やかな晩餐をすごしていると、皿を膝の上に置いた名前がぽつりと呟いた。
「今度はうまくいくはずだよね」
140915
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