前夜祭

※原作無視してるうえに、花京院がとてもかわいそうな感じになっています




昼過ぎにもかかわらず、名前はクーラーのきいた部屋で扇風機を回しながら、ベッドの上で分厚い冊子をめくっていた。窓の外ではセミが大合唱をしながら、盛夏であると歌う。これから人生を謳歌しようと躍起になっているようだった。

人間である名前も、いままさに夏休みを謳歌しているところだった。学生の夏休みといえば花火に行ったりプールで泳いだり、課題にヒィヒィ言ったりなんてするのが定番。もちろん名前もそのつもりだし、今年は彼氏もいることだから、いつもとは違った夏を楽しめると確信していた。ちなみに課題はすでに大学の講義中に終わらせてある。あとは遊び回るだけ……だというのにもかかわらず、なぜ名前はこうして家のなかでゴロゴロしているのか。その答えは辞書ほどに分厚い冊子と、右手に握っている蛍光ペンにある。

「東の2……A05、a……」

暗号のようなものを口ずさみながら、ページを若い方へ送る。目当てのものを見つけると、その配置図に蛍光ペンでマークを付けた。そしてまた本を数十ページも後ろにめくる。これは、明日の夏祭りに向けた最終準備のひとつだった。

あらかたをチェックし終えた頃には、なんとなくつけっぱなしにしていたテレビがグルメ番組を流し始めていた。母が見れば「電気代の無駄でしょ!」と角をはやしそうなものだが、このワンルームは名前の王国なのでそんな心配はしなくてもいいのである。大学受験は、この自由を勝ち取るためのもなだったのかもしれない。ただ、自炊をしなければならないのはネックだが。

リビングの壁に掛けてある時計の短針はラッキーセブンを差していた。そろそろいやーな自炊をして、風呂して寝なければならない。明日は早朝に出発だし……あ、そういえば明日の電車調べてなかった。名前は参加者にのみ配られる、選ばれしチケットを財布から出して入場開始時間をチェックする。そして携帯のアプリで電車を調べようとしたそのとき、携帯が震え始めた。

液晶には「花京院」の文字。すっかり祭り気分だった名前は、夢から覚めるような感覚を味わいながら通話ボタンをタッチした。ちょうど私も彼に言わないとならないことがあったし、ベストタイミングだ。

「もしもし?」

(──ああ、名前。ごめんね急に。いまちょっと大丈夫かな?)

「うん、どうしたの?」

(──明日なんだけど、えっと……ちょっと1日電話に出られそうになくてね。心配かけたくないから、前もって伝えておこうと思ったんだ)

「え!」

(──? あ、ごめん……もしかしてなにか予定とかあったかな)

「ち、違う違う。私もちょうど花京院くんにそれ言おうと思ってたから……びっくりしたの」

(──そうなんだ? お互い用事があるんだね。僕は明後日は予定ないのだけど……もしよかったら、どこかに行かないかい?)

「!! ……い、行きたい!」

(──そうか、じゃあ決まりだ。11時くらいに迎えにいくよ)

「うん」

そのあといくつか会話をして、通話は終わった。花京院くんとデートか……。彼の甘いマスクと知的な雰囲気を思い出しながら、名前は頭を床に打ち付けた。あんな人が自分の彼氏だなんて、まだ信じられないけど……夢でもないらしい。ちょうど春頃に友人を通じて知り合い、たまに講義を一緒に受けているうちに彼から想いを伝えられて付き合い始めたのだが……まだ手を繋いだこともない、清く正しいお付き合いをしてきた(むしろ一般的な大学生と比べると不健全なのかもしれない)。友人の承太郎には「やれやれだぜ」と飽きられてしまっていたが、この夏で一気に恋人らしくなれそうである。

「よーし、明日はめいっぱい楽しも!」

今年の夏に胸を踊らせながら、名前は早速腹ごしらえにキッチンへ向かった。面倒なこの自炊も、彼に振る舞う日がくることを思えば苦ではなかった。


◇◇◇

──コミックマーケット8× 3日目、開幕です!

アナウンスとともに、会場のなかや外が、拍手の音で満ちる。名前も手を叩きながら、この日のために睡眠時間を削って作ったポスターや本、ノベルティの陳列に追われていた。表紙には合法ロリが魔法のステッキを片手に、泣きそうな顔でパンチラをしている。R指定の印字もある、歴とした男性向けエロ同人誌である。「姫花のヒメゴト♪」なんてタイトルも、作者名である須万太という名前も、名前が付けた。我ながら素晴らしいゲス。

両脇とも成人した変態紳士のお兄さんに挟まれているなかで、名前の存在はかなり目立っていた。今回は壁に配置された、いわゆる壁サーであることからいつも以上に注目されるが、後ろにはかなり余裕があっていい。これなら500部といわず、もっと刷ればよかったなぁ、なんて考えながら名前は慣れた手つきで本をさばいていく。いつのまにか私のスペース前には待機列ができつつあり、なかには今日アフターで会う地方の同人仲間も見受けられた。30を越えたオッサンだが、嗜好がとても合うことで仲良くなった。あとで戦利品見せろよという念を送りながら軽く手を振っていると、次に並んでいた客が話しかけてきた。

「新刊ってまだありますか?」

「はい、まだありま……」

営業スマイルで相手を見て、名前は愕然とした。そこには、なんと、…………名前の彼氏である花京院典明その人が立っていたのだ。

「かっ、き、か、きょ……ッ!?」

「え、あ、エッ! え、なんで名前がここに……というか、これは…………まさか」

固まる2人に、後ろに並んでいた客は不思議そうにしながら新刊を買おうと財布を握りしめている。経験はないけど、雷に打たれるとこんな痺れが走るんだろうなぁ。経験はないけど、ロストバージンのときもこんな衝撃が走るんだろうなぁ。次の作品に活かそう。そこまで考えが一巡した頃、立ち尽くす花京院の後ろから人が現れた。

「あ、レロレロさんじゃん。須万太さーん、この人が今日アフター場所予約してくれたんですよ……って、どうしたよ」

顔を覗かせたのは、名前が手を振ったオッサンだった。念のために言っておくが、これが彼のHNである。

「とりあえず、ごめん、花京……レロレロさん。後で話そう。後ろいるから、お昼まではかかるし……アフターで、話そうか」

「そ、うだね…………須万太さん」

口にして思ったけど、レロレロってどんなHNだよ花京院くん。私の(須万太とかいて、すまた)もかなりやばいけど、オノマトペって……。

上手く笑えない様子で笑みを返し、去っていく花京院くん。リュックの横から覗く氷らせたペットボトルやタオルの枚数は、彼が私同様に手練れた戦士であることを物語っていた。そして、生きた心地がしないまま夏祭りは終わったのだった。



140824

こんな花京院くんは嫌だ。続きを書かなければあまりにもかわいそうなので、続きを書こうと強く思います。……ごめんね、花京院くんあんま出番ないし……。ごめん……でも楽しかった……。

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