非日常の予感

いつからだろう。

こんなにも、人の視線を気にするようになったのは。少なくとも、つい最近のことだとは思う。異変に気がついたのは、まったく知らない人に声をかけられたときだった。

「気があるわけじゃないんだけど、目で追っちゃうんだよね。名前なんていうの?」

なんて話しかけられ、数日のうちに私は顔見知りが増えた。頭を傾げながらも、急に増えた携帯の連絡先の件数に喜んでいた。今となっては自分の能天気さに、ため息もでない。

しばらくしてから、今度は人とよく目が会うことに気がついた。なにか嫌な噂でも流されているのではないかと噂好きの友人に泣きつけば、彼女は目をまたたせた。

「特にそんなものは聞かないけど。それより教頭のヅラ疑惑にみんな夢中よ」

「そっか……」

「どうかした?」

「ううん。勘違いだったみたい」

そうだ、勘違いだ。自分にそう言い聞かせ続けたが、町に出ればみんなが名前に注目する。なにか変な物でもついているのかとトイレに駆け込んだが、値札が付いているわけでも、スカートがめくれているわけでもなかった。ただ、なぜかトイレにいる人がみんな名前をじっと見てきた。気味が悪くて勢いよく外に出ると、雑踏が名前を観察するように視線を投げてくる。何十もの目を向けられたそのとき、どうやら自分は人の関心を異常に集める体質になってしまったらしいと、ようやく気がついた。

「このペン、日曜日に買ってたやつ?」

「あ、うん……なんで知ってるの?」

「名前ちゃん見かけたから、そうかなぁって気になってたんだ。かわいいね、これ!私も買おうかな」

相手はなにも悪びれることもなく、私に微笑む。こうして話しかけられる度に、見かけたなら声をかけてくれればいいのにと思う。しかし、見かけただけだからと言われてしまうのは、私がただ目立つだけで、話しかけたいと思うほど魅力的な人間ではないからだと理解した。

人気者になったのではなく、観察対象になっただけだ。あまりに悲しい結論を弾き出した後に、私がとった行動は……とにかく、自分を磨くことだった。それまでやったこともなかったメイクをして、着る服も雑誌と睨めっこして決めた。食事制限をして、人にじろじろと見られてもオドオドしない自信をつけた。ビューラーで睫毛を曲げて、鏡を覗きこんだ名前は、鏡の中の自分に問いかけた。なぜ自分ばかりこんなにつらい思いをしなければならないのか。しかし、これが私の運命なのだと納得するしかないと、鏡の私は泣いた。このおかしな体質も、メイクみたいに洗い流せればいいのに。

そして、はたきすぎていたファンデーションが薄くなり、段々と化粧なれしてきたある日のこと。アイプチを買うためにショッピングモールに来ていた名前は、スカウトを受けた。その人は、大物司会者も所属する事務所名が書かれた名刺を、私に差し出す。あなたをぜひ芸能デビューさせたい。あなたには、人の視線を釘付けにするオーラがある……のだと言う。このとき、私のなかに電流が走った。

この異常な性質は、人に注目され続けなければならない芸能界にぴったりなのではないか。むしろ、いまの私にはこれしかないのではないだろうか。

確信を持った名前は、その日のうちに両親に話をして、数日後には芸能界デビューを果たしたのだった。ようやく自分と向き合えるようになった私は、学業はそこそこに、芸能活動に没頭した。初めは地方のCMや、ドラマの脇役にしか出られなかったが、私の出たCM商品は認知度が桁違いに上がったし、ドラマはその回だけで最高視聴率を叩き出した。そのうちに、気がつけば私はCM女王と呼ばれ、バラエティーにも呼ばれるようになっていった。

「いい加減、学校にも行った方がいいよ」

名前は、ポーチから魔法の筆を漁っていた手を止めた。携帯会社のCM撮影を終えて、移動中の車のなかには、私と運転手のマネージャーしかいない。当然、いまの台詞はハンドルを回すマネージャーから放たれた言葉だった。

「最近、期末受けたばっかりですよ」

「それからもう1カ月経ってるんだってば。そろそろ答案が返ってくる頃でしょう」

スケジュールは空けてあるから、行ってきなさい。ゆるやかに停車した車は、名前の通う高校の前にあった。本気かと、マネージャーを見ても無言が返ってくる。仕方なく、名前は車から降りた。登校する生徒たちは「あ!」と声をあげる。知り合いでもない人たちからの視線に、若干うんざりしながら名前は校門までの道を歩き出す。早く、友達に会いたい。はやる気持ちが、名前の歩く速度を上げる。

そして、名前の体が宙に浮いた。

「え」

地面から離れた足を見て、名前は目を見開く。足首になにか、紐のようなものが絡まっているのだ。いつの間にこんなものがと驚きながら、尻餅をついて転倒する。痛みに体を震わせたが、すぐに足を広げ、絡まった紐に手を伸ばした。突然豪快にこけた私に、周囲は忍び笑いが満ちる。顔に熱が集まるを感じ、ひたすら紐の隙間を探す。

「な、なにこれ取れない!」

だが、なぜか紐には隙間が見当たらなかった。まるで糊付けされてしまったように、足首に固定されている。ど、うすんのよこれ。絶望する名前の頭上に、影が落とされた。

「すみません!」

うちの高校の制服を着た、利発そうなイケメンが私を気遣うように手を伸ばしていた。謝るということは、私を転ばせたのはこいつの仕業だったのか。でも謝る先に、とにかくこれをほどいてほしい。口を開いた名前だったが、イケメンの後ろに見えた異常に、息を止めた。

「な、なななななに……!?」

緑に発光した人物が、イケメンの背中にぴったりとくっついている。言うなれば、3分間しか地球にいられない昭和のヒーローに似ている。呆然としながら宙をあおぐ名前に、今度は相手が目を見開いた。彼女には、こいつが見えているのか。これはあいつに……承太郎に、伝えなければならない。彼はそう確信した。


141107
151009 タイトル変更

気力があれば、続きます

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