石橋さん 後半

昨日は散々な目に遭った。毎朝通う通学路を、黄瀬はあくびを噛み締めながら歩く。昨夜から痛み始めた後頭部を気にして恐る恐る指を這わせると、指先にわずかに腫れた箇所を感じた。見事なたんこぶができてしまっている。一応、顔とか体が資本の仕事をしているのだが……。特に目立った怪我などがなくてよかった。そう安堵しながらも、自然とため息が出てしまう。万が一、目に見えるところに怪我をしていたら、あの少女はどうするつもりなのか。……おそらくあの様子だから、特になにをする気もないだろうな。本当に、おかしな人物に会ってしまったもんだ。

「お、黄瀬じゃねーか」
「あー!森山先輩、おはようっす!」

すでに顔すら思い出せない少女のことを考えていると、いつの間にか校門前に着いていたらしい。黄瀬が後頭部を掻いていた左手を上げて見せると、森山の表情が凍りついた。

次の瞬間、黄瀬の体が弾かれるように前方へと傾く。衝撃で、視界が大きくぶれる。これはなんだ。あまりに突然で状況が把握できない。自分になにが起こったのか理解したのは、左頬にアスファルトの熱を感じたときだった。

「黄瀬ーー!?」
「イヤアアアアア黄瀬くんがああ!」
「黄瀬くんーーーーー!!」

「またお前とかーー!!」

段々と痛みを持ち始める後頭部。怒りも覚え始める。自分の周りで飛び交う叫び声のなかに、黄瀬はあの女の声を聞いた。正直、後頭部をものすごい勢いで強打されて倒れたということしかわからないが、確実にあの女の仕業だ。

「あ、あんた黄瀬くんになんてことするのよ!?」

「信じられない! なんで鉄球クリーンヒットさせてんのよ!?」

そうか、俺は鉄球を投げられたのか。まだ眩む意識を保とうと、額に手をあてがい、足元に転がる砲丸投げの球を認める。そこから阿鼻驚嘆の様子で自分を取り巻く生徒たちを見上げる。ふらつきそうにならないのは、森山先輩が背中を支えてくれているかららしい。その好意に甘えながら問題の女を睨み上げる。

「なんでまたあんたが引っ掛かるのよ……」

そこには顔色を失った女がいた。相変わらず印象に残りにくい顔だ。ムカつくのは、俺に当ててしまったことではなく、俺にまたしても命中してしまったことに動揺しているらしいことだ。

「これも……おまじない、すか」

「……」

返答を返さない彼女に、ひく。森山先輩も「うわぁ」と声をもらすくらいにはひいているようだ。

「よし」

青ざめている俺ら2人を、少女はその一言で片付けた。鉄球を両手に抱えて辺りを見回し始めた。

「ちょ、ちょちょちょっと待ってくれるか?さすがに危害を加えたまま放置はないんじゃ……」

呆然としている黄瀬の代わりに、森山が少女の足を止めさせた。それを見ていた取り巻きたちも「謝りなさいよ!」「信じられない!」とわめき始める。またしても混乱し始めたこの状況を一掃したのは、黄瀬のファンに詰め寄られて半泣きになっている少女の一言だった。

「私には時間がないんです!」

意を決して発したらしいその一言で、場が水を打ったように静まり返った。少女は回収した鉄球を持って、呆然としている人々に背を向けてそそくさと校舎の中へ入っていった。

少女がいなくなったあとも、誰も動けずにいた。俺は、言い知れない不安を覚える。もしかして、これから1週間……少女がおまじないを諦めるまでこれが続くのではないだろうか。

黄瀬の問いかけに、始業数前を告げるチャイムが応えた。


140110

このあとは多分、ことごとく黄瀬に命中して、いつの間にかお互い惹かれていくんだと思います!!!!

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