01

私には、愛してやまないものがある。それはときに世界遺産となり、ときに人の業に埋もれたりもする。

浜辺で、風を受けてなびく髪を指で押さえる。海には制服姿の私の姿しかなく、わずかにため息を吐いた。海開きまではまだまだ時間がある。ああ、早く海が人で溢れればいいのに。例年地元や県外の人々がやってきては、賑やかになる……あの風景が、また見たい。

「海開け。早く」

待ちきれない気持ちを投げると、さざ波が返ってくる。どうしようもないくらい繰り返してきたこの問答は、去年の秋から進展がない。砂がローファーに入るのも気にせず、足先で砂を引っ掻く。

「温泉プールにでも行こうかな」

呟きはするが、名前の趣味に付き合ってくれるような友人はそれほどいない。大抵が、身の危険を感じてしまうらしい。かといってひとりで行くには勇気がない。だって、女子高生がひとりで温泉プールにいるなんて……とてもじゃないが、耐えられない。

「せめて、水泳の授業があればなぁ」

プールはあるのに使えないなんて。学校のお偉いさんは、プールを整備せずになぜ海で満足してしまうのか。ここにこんなにも、プールを欲するものがいるのに。皆だって暑い日に汗ダラダラ垂らすような授業よりも、ひんやり冷たいプールで遊泳した方がいいはずなのに。

そんなわけで、今日も今日とて海開きの日を待ち焦がれる名前。そんな彼女の耳に、翌日「水泳部設立」のビッグニュースが飛び込んできた。

それは、同じクラスの女子とのお弁当タイムで発覚した。屋上でそれぞれの昼ごはんを広げて、談笑していた中であるひとりが「そういえば、」と切り出したのだ。

「うちに水泳部できたらしいよ」

「水泳部!?」

あまりの衝撃に、無意識で立ち上がった名前。まだ肌寒いからという理由で膝にかけていた、ブレザーの上着が重力に従ってコンクリートに落下した。友人たちから冷たい視線を受けるが、そんなものに構っていられない。

「てことはこれからプールで人が泳ぐってことだよね!?」

「名前、うるさい。人が見てるって」

スカートの端を軽く引っ張られて我に返ると、3人組の男子から突き刺さるような視線を受けていた。名前は静かに腰を下ろし、ようやく友人たちに「面目ない」と謝った。

「……水泳部かぁ」

きらめく水面と、飛び散る水しぶき。噎せ返る塩素の香り。健康的な肌が、水滴を弾いて光る。夢のような光景に光悦しているなの肩を、友人が叩いた。

「でも、部員は全員男子だって」

「は?」

「だから名前とは縁遠いと思うよ」

「ひ、ひとりも女子いないの?」

「らしいよ」

膨れ上がった夢がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。なんで女子がいないの。それじゃあ水泳部ができた意味がないではないか。すっかり落ち込んでしまった名前を、ドンマイドンマイと適当に言葉をかけてくる友人たち。その瞬間、名前の中に電気が走った。

「皆、水泳部入らない!?」

「入らない」

「即答なんだね!」

わかってはいたが、血も涙もない友人どもだ。だが、断られても諦められない名前は友人の腕に抱きつき懇願する。

「水は人類の母だよ!」

「意味わかんないから。そもそも、水着とか着たくないし」

「大丈夫だよ、かよちゃんのくびれは競泳水着にピッタリだよ」

課外授業のときに拝んだかよちゃんのプロポーションは、本当に見事なものだった。なにを気にする必要があるのか。

「髪のセット面倒だし」

「ちーちゃんの髪の毛は私が丁寧に巻くよ!」

真向かいに座っているちーちゃんは、朝の髪型が決まるかどうかでその日の気分が決まるというほど髪型にシビアな女の子。セットにはかなり自信はないが、なんとかなるだろう。

「化粧おちるし」

「ルミちゃんのためにウォータープルーフ買い揃えるよ!」

右隣のルミちゃんに、グッと親指を立てる。プレゼントを開く前の子供のような瞳で、期待ながら友人たちの顔を見回す。友人たちは、顔を見合わせることもなく同時に言い放った。

「「「キモい」」」

「…………」

キーンコーン

静寂する屋上に、予鈴が鳴り響いた。ちーちゃんが、顔をあげて「次って数学だっけ。なんで当てられる日じゃなかった?」と話しかけてくるが、名前は返答することができなかった。

「みんなひどすぎる……」


140521 第一話/完

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