恋愛式 03

というわけで、次の日。名前は早速フェリチータの部屋へ向かった。昼では剣の仕事があって忙しいだろうからと、今日は朝に軽くご挨拶をしようと考えたのだ。何曜日なら空いてるのかも聞くつもりだ。

「お嬢様、名前です」

ニスが塗られた上質な木の扉を、2回ほどノックする。小気味のいい音が、廊下に響く。名前はノックのために上げていた腕を下ろして、返答を待つが……声どころか物音も聞こえてこない。もしかして、まだお休みなのだろうか。腕時計で時間を確認すると、短針は7を指していた。……やはり、少し早すぎたか。お嬢様は最近剣のトップになったばかり。毎日を忙しくすごしているのだろう。一方1日の大半を、ぐうたらと書斎に籠ってすごす私……。起こすのも忍びないし、夕食後に伺ったほうがよいかもしれない。では書斎に戻って棚の整理でもしようかと、名前は足先を書斎へと向けた。

「おや、名前ではないですか。お嬢様になにかご用事ですか?」

「……うわ、ルカちゃんだ」

退散しようとする名前の背中に声をかけたのは、クソロリコンのルカちゃんだった。こいつとはできる限り関わりたくない。

「な、なんですかその苦虫を噛み潰したような顔は」

何度も名前に拒絶されながらも話しかけてくるこいつもこいつだ。ドMなのかもしれないな。下げずむような視線で見ていると、ついにルカの目に涙が浮かんできた。それを見て、ようやく名前は表情を和らげる。

「お嬢様がまだお休みのようだから、出直すところ」

「ああ、やっぱりお嬢様に用事があったんですね」

「まあね」

名前から返答があったことで、ルカは花のような笑顔を浮かべている。こんな些細なことで喜ぶとは、私に訓練されすぎじゃないか。なぜだかかわいそうに思えてきた。

「ちょうど、私もお嬢様を起こしにきたところなんです。用事があるならば、一緒に入りましょう!ね!」

「あー……そうね」

用事はさっさとこなすに限るし、今日はこいつの勧めにのっておくか。なによりルカの勢いがすごくて、断りも入れられそうにない。あのデビトさえルカの言うことを聞くというが、これか。
のそのそと足を運び、名前はお嬢様の部屋に入る。後手にドアを閉め、ルカの背中を追う。ルカと一緒にお嬢様の眠るベッドを覗けば、そこに天使がいた。

「くそかわ」

淡々と賛美の言葉を紡ぐ名前。その言葉を聞いたルカが、キュッと眉間に力を入れる。大体、なにを言われるかぐらいわかるけど。

「なんですかその言葉遣いは」

「お嬢様本当に可愛いなにこれこの世のものと思えない苦しい可愛い」

ルカの顔を真顔で見つめて言ってみせると、今度は真剣な顔を返された。

「激しく同意します」

「……」

「……」

2人して、無言でお嬢様を眺める。この可愛らしい寝顔を、私以外のやつらも見ていると思うと……。お嬢様には女の知っておくべき護身術を、伝授しておいたほうがいいかもしれない。特にいま私の隣にいるムッツリ従者とか、お世話と称してなにをやっているかわからないし。

「ハッ、違いますお嬢様を起こさなければ!」

ルカがお嬢様の肩を軽く揺さぶる。お嬢様は、可愛らしく「んんっ」と声を漏らした。寝崩れたらしいネグリジェから、肩が覗いている。女の名前から見てもその様子は扇情的で、思わずゴクリと唾をのんだ。そして然り気無く、ルカの横顔を盗み見る。しかし、ルカはなんともない様子で「ほらほら、今日の朝食はリモーネパイですよ」とお嬢様を急き立てている。そうだ、こいつヘタレだった。呆れながら、名前もフェリチータに顔を見せる。フェリチータは眠そうに瞼を擦っていた手を止めた。

「名前?」

普段は書斎でしか会わない人の姿に、目を丸くして見せるフェリチータ。名前はまたしてもだらしなく破顔する。

「おはようございます、お嬢様。今日は少々お話がありまして……」

「お話?」

これには、ルカも一緒になって首を傾げている。このゲロ甘ムッツリ従者がいるところで話すのも気が進まないが、出ていけというほうが面倒だ。

「マンマから、お嬢様の恋愛指南役を仰せつかりました」

「恋愛……?」

「れ、れんっ、なっ」

「なんでも、お嬢様のアルカナを強くさせるためだそうです」

名前がそう伝えると、2人して違う反応をみせた。ルカは顔を赤くしたり青くさせながら、両手がなにかを掴もうとするように空を泳がせている。さっぱり意味がわからないが、おそらくやっている本人も現状の把握ができていないのだとは思う。一方、当事者であるフェリチータは、複雑そうな様子でベッドの上に投げ出した手に視線を落としていた。

「今回のゴタゴタを抜いても、女性には必要な知識……だそうなので、そんなに悩む必要はないですよ」

フェリチータの手を取り、名前は両手でそれを包む。お嬢様の手さらさらで柔らかくてとんでもなくさわり心地いい。にぎにぎしたい。湧いてくる欲望を抑えながら、不安そうにしているフェリチータを見つめ返す。

「恋愛指南といっても、私と恋愛話をするだけですよ。好きな人を見つけろだとか、無理矢理に経験を積ませようだなんて言わないです」

なにを不安に感じているのかを考えながら伝えると、お嬢様は肩から力を抜いて、わずかに笑みを浮かべた。よかった、どうやら当たったらしい。安堵しているお嬢様もかわいい。

「……指令ならば、仕方がないですね」

すっかり空気になっていたルカは、ようやく状況を噛み砕いて飲み込めたようだ。別にお前の了解はいらない。しかし、これでようやく話を転がせた。

その後の話し合いで、火曜日と木曜日の午前中に時間を設けることとなった。幹部としての仕事が入った場合はそちらを優先。待ち合わせは、お嬢様自ら書斎へ来ていただく。その他の細かい打ち合わせもしたところで、ふぅ、と名前は肩の力を抜いた。すると、鼻を華やかな香りがくすぐった。部屋のなかを見回すと、ルカが2人分の朝食を用意していた。サラダが添えられた皿には、それぞれリモーネパイが1ピース乗せてある。湯気をたてるティーカップは、朝日にきらきらと輝いていた。いつの間に朝食の準備をしていたのか。お嬢様と顔を見合わせる。

「さあ2人とも、朝食にしましょう」

こいつのこういう器用なところが憎らしくて、すごいなと思う。どちらかというと、憎らしいけど。


131209 第三話/完

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