恋愛式 01

ここは、レガーロ島。

活気に満ちたこの島は、名前が幼い頃に越してきたときから変わらない。いや、あの頃よりも更に陽気になったかもしれない。それもこれも、島の平穏を守るアルカナ・ファミリアのおかげである。市民のために汗を流す彼らからの恩恵を感じながら、名前は今日もテラスで夢のようなひとときを過ごしていた。

名前の指が、ざらついた紙の上を滑る。その度に本のなかの人物たちはさまざまな動きを見せ、名前の表情を豊かにした。何度も繰り返したこのページめくりは、名前の体にすっかり馴染んだ行為だった。意識せずとも、指はまたページを横へ送っていく。テラスのベンチに腰掛けながら、本の世界に入り込んでいる名前に、ひとりの少女が近寄る。

「名前おねぇちゃ、なにやってるの?」

鈴を転がしたような可愛らしい声に、名前は本から視線を外す。少女の翡翠色をした瞳が、パチクリと瞬いた。その縁は、艶やかな睫毛が覆っている。あまりの美しさに、名前は嘆息する。

この世のものかとは思えない、マイエンジェル!お嬢様ぎゃんかわいい!奇跡の聖女!本に添えていない手で、お嬢様の頭をいいこいいこする。とろけそうな顔をする名前に、お嬢様───フェリチータは、コテンと首を傾げて見せた。

「名前おねぇちゃ?」

不思議そうにしているその表情も、たまりませんね!あまりの可愛さにそう口走りそうになるが、慌てて口を閉ざす。危ない危ない。これではまるであのゲロ甘ルカのようである。うっとおしくて仕方がないあの男の癖毛を思い出して、名前は首を横に振った。そして、マイエンジェルに満面の笑みを向ける。

「読書をしているんですよ」

左手に握っている、至るところが掠れたり色褪せているハードカバーをチラリと見せる。しおりがしっかりと挟まっていることを確認してから、フェリチータの小さな手のひらに乗せた。ずっしりとした重さに、またしても瞳をどんぐりのように丸くするお嬢様。ウアアアッ持ちきれなくて抱え込んで!か、か、かわいいいい……

「……どんなお話なの?」

「えっ?あー……そうですね、大人な内容なので、お嬢様にはまだ早いかな」

しおりを挟んだ場面を思い出しながら、苦笑いを浮かべる。まだ10才にもならないフェリチータには、妾の妻や腹違いの兄弟と繰り広げられるどろどろ恋愛は……早すぎる内容だ。なので、お嬢様には申し訳ないが、教えることはできない。ちなみに、お前もまだ10代前半だろという指摘は無用である。なぜなら、私は長年恋愛小説を読み込んできた研究者のようなものだからだ。

「大人な内容、おしえて、ほしい」

しかし、「大人」と言う部分に引っ掛かってしまったようだ。しまったな、言葉を選び間違えた。お嬢様は「私だって大人だもの!」というように、胸を張ってこちらを見上げている。その胸は当然絶壁がごとく平らで、彼女はまだまだ少女……いや、幼女にさえ見えた。……しかし、大人な内容教えてとは……。なんかいかがわしいな。こんな台詞をあの激グロ甘ムッツリスケベなルカに聞かせたら、とんでもないことになりそうだ。ちょっと見たい気もする。

「名前……あなた一体なにを、な、なにを……!」

「あ」

なんと、噂をすればルカがいた。彼はテラスに出るための扉を開きながら、こちらを睨み付けていた。ティーセットを片手にしていることから、どうやらお嬢様について回ってティーパーティー会場を探していたらしい。

「私のお嬢様に不潔なことを吹き込まないでください!」

「プッ」

「んなっ」

お前は本当にとんでもないムッツリだな、という意味をこめて笑ってみせてから、お嬢様を見る。お嬢様は名前とルカを交互に見て、再び首を傾げていた。なにこれとんでもなく可愛い。ルカもうっすらと浮かべていた怒気を収め、名前の隣で名前と同じように破顔している。デビトあたりが見たら、唾が飛んできそうなほど、二人の表情はゆるんでいた。

「名前おねぇちゃ、おしえて?」

上目遣いでせがんでくるその可愛らしさに、頭が沸きそうになりながら、名前はなんとか言葉を紡いだ。

「お嬢様に、愛しくて愛しくて仕方がない男性が現れたら……教えましょう」

───何年も前のこの約束が、数年後の名前を苦しめるとは知らず、名前は暢気にそう約束するのだった。


131203 第一話/完

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