06

ガチャン、という冷たい金属音とともに、アテネはため息を吐く。しばらく机の木目を眺めてもう一度、受話器を手に取った。

指でダイヤルを押しながら、連絡先が書かれた分厚いリストをめくる。長年パーティーにで続けた成果がこんなところで役立つとは。まだリストは半分もいっていないし、太陽は少し傾いた程度。昔の記憶をたどりながら、風変わりな思考をお持ちの方々……いわゆる、親日の貴族に電話をしてはそれとなく枢木スザクについて触れてみる。しかし話をしていくうちに雲行きは怪しくなり、最後には皆、アテネの身を案じる言葉とともに電話を切ってしまうのだった。悪いことは言いませんから、彼のことは放っておきなさい。というのである。

任せてくれと言った手前、諦めることはできないし、諦めたくはない。……だが、なにもできない。リストをめくるたび、自分の無力さを感じる。なにが『先見のランベルティ』だ。なにも、なにもできないではないか。

太陽は、山際に消えた。
夜がくる。




「間もなくです 間もなく時間になります。ご覧下さい、沿道を埋め尽くしたこのひとだかりを」

民衆は、過激な文字を殴り書きしたプラカードを掲げながら、罪人へ怒号を飛ばす。画面ごしに見ることもつらくて、アテネは目をそらした。机の上には、力なく横たわるようにリストが置かれている。

「皆、待っているのです。クロヴィス殿下殺害の容疑者、名誉ブリタニア人の枢木スザクが通るのを。元イレブンを今か今かと待ちかねているのです」

クロヴィスという言葉が、またしてもアテネの胸をえぐる。どうして悲しいことばかり起こるのだろう。守りたいと思う人が、死んでいく。

「……おっ、見えてきました!枢木スザク容疑者です、枢木スザクが間もなくこちらに!」

興奮した様子のアナウンサーから画面が切り替えられる。液晶画面が次に撮したのは、腕を後ろ手に縛られている枢木スザクの姿だった。

◇◇◇

ついにこうなっちゃったか。ロイドは肩を落とし、情けない声をあげる。やれることはやったけれど、結局帝国の決定は覆らないというわけだ。いわゆる、無駄骨。セシルは悔しそうに呟く。

「スザクくんが無実だって、私たちは知っているのに……」

「法廷が僕らの証言を取り上げないって決めたんだ、仕方ないよ」

「でも、」

どうにも納得ならない助手のセシルは、焦りを隠そうともせず諦めてしまっているロイドを叱咤する。

「ねぇ、それって博愛主義?人道主義?」

「こんなときに言葉遊びですか!?」

「他にやることある?君だって知ってるでしょこういうケース。サミットであの人とも連絡とれないし、アテネ様に働きかけもして……もう諦めるしかないよ」

「そんな……」

ロイドもセシルの気持ちはわかるが、こうなってはどうにもならない。いまはただテレビから与えられる情報を受け入れることしかできないのだ。

◇◇◇

「怨嗟の声が、怒りの声が上がっています。殿下がどれ程愛されていたのかという証の声です。……テロリストを裁く正義の声なのです」

語気を強めたアナウンサーの発言に合わせて、カメラも群衆と罪人を運ぶ車を写しだす。アテネは群衆たちの表情を見つめる。スザクへのあるいは日本人への嫌悪感が満ちていた。充分に現地の空気を伝えたカメラが次に写したのは、あるサザーランド。

「事件解決に尽力したジェレミア辺境伯自らが、第二執政官として指揮を執っています」

その名に、アテネの息が止まる。あのときの光景がフラッシュバックした。彼は春の日差しが降り注ぐなかで、アテネに言った。「このジェレミアが、必ず…殿下の無念を晴らしてみせます」と。それにすがることしかできず、私は。

彼はあの言葉の通り、仇をとろうとしている。しかしそれは、いまアテネが最も見たくはない終幕を見せようとしていた。結局私のせいでスザクは死ぬというのか。それを私は助けるだなんて彼に言ったのか。そして、止められなかったのか。ほどこうとした糸たちは、アテネの手によってより一層複雑になってしまったのだ。どうしようもない苛立ちに、アテネは机の上にあったリストを掴んで、歪ませた。悔しさで溢れそうになる涙。苦しい気持ちが堪えきれない。

「こ、これは…クロヴィス殿下専用の御陵車です! 見えますか!?」

テレビのざわめきが、再びアテネの思考を止めた。どういうこと、御陵車だなんて。写された御陵車はアテネだけではなく、全世界の視線を集めた。ジェレミアが乗っているであろうサザーランドが、御陵車の前へと躍り出る。するとそれを待っていたかのように、御陵車の国旗が、燃えた。そして彼は、炎の奥から現れる。

「私は、ゼロ」

水を打ったような静かさのなかで、その声が響き渡る。意思の強く、高圧的な声色に支配されたように誰も声を発しなかった。しばらくして、我に返ったようにアナウンサーが息を吸う。

「な、何者でしょう……この人物は。自らをゼロと名乗り護送車の前に立ちはだかっています!」

仮面によってその性別すらわからない。しかし、ゼロという謎の人物の登場は、皇族殺しのイレブンへ向かっていた群衆の怒りの気持ちを忘れさせた。アテネの後悔の念すらも。

「ゼロと名乗る人物は何者なのでしょうか。テロリストなのでしょうか…しかし、だとすればあまりに愚かな行為です!」

テロリスト。たしかにいまの状況であればそうとしか思えない。では目的は、……まさか、スザクの解放か。しかし御陵車に乗るだけの少人数で、どうやって実行しようというのか。玉砕覚悟ならば、あんなに目立つ必要もないだろう。様々な憶測がアテネの頭のなかを駆け巡る。全世界の視線がゼロに集まるなか、ジェレミアはサザーランドでゼロへと近づく。それでも動揺を見せないゼロ。ジェレミアが虚勢だと、鼻で笑った。

「もういいだろ、ゼロ。君のショータイムは終わりだ」

銃を空に撃つ。それを合図に、空からグラスゴーが3体降ってきた。軽やかに着地してみせると、その剣をゼロに突きつける。

「さあ、まずはその仮面を外してもらおうか」

これでチェックメイトか。誰もがそう思ったが、ゼロだけは違った。緩慢な動きで手を挙げ、指を高らかに鳴らす。すると、ゼロの後ろに立っていた薄板が大きな音をたてながら取りさらわれた。なにかのカプセルが、衆目に晒される。

「テレビの前の皆さん、見えますでしょうか。なんらかの機械と思われますが、目的は不明です。テロリストだと思われる人物の声明を待ちますので、しばらくお待ちください」

カプセルを見てから明らかにうろたえ始めたジェレミア。突然、右手に握っていた銃をゼロに構えた。あれがなんであるかを政府が把握していると、自白しているようなものだった。

「撃ってみるか?わかるはずだ、お前なら」

「……わかった、要求は」

それまで高姿勢な態度を変えなかったジェレミアが、初めてテロリストに譲歩した。

「交換だ。こいつと、枢木スザクを」

やはり、そうか。スザクを助けるために。アテネは納得しながらも、それがゼロというテロリストにどんな利益を与えるのかわからない。だが、スザクを救いたいと願っていたアテネには、そんなことは大した問題ではなかった。

「笑止! この男はクロヴィス殿下を殺めた大逆の徒!……引き渡せるわけがない!」

「違うな…間違っているぞ、ジェレミア。犯人はそいつじゃない」

アテネの座っていた椅子が、勢いよく後ろへ倒れる。血の気が引いていく。口元に手を持っていく。思考が追いつかない。だが、ある仮説がアテネのなかを駆け巡る。

「クロヴィスを殺したのは、この私だ!」

世界は、動き出す。


140205 第六話/完
161007 修正
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