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機械音の絶えないラボで、発艦準備の終えたランスロットを見上げていた人影はその視線を下げ、実に残念そうに溜め息をはいた。

「うぅーん肝心のパーツがなくなっちゃって…」

いくら機体の準備が終わっていたとしても、それを操縦する人──この男、ロイドの言葉を借りるならば、パーツが欠落していては眠らせておくことしかできない。実に、残念である。

「なんとかならないんですか?」

「そうなんだよ…」

同じく機体を見つめていたセシルは、眉尻を下げてロイドに訴えるが、当のロイドは、ただそれに溜め息を重ねるだけだ。

「よそのパイロットは所属がガチガチで動かせないし?頼めたとしても彼並みの数値は出せないだろうし……言ったっけ?通常稼働率94% 代わりのパーツと言ったって」

彼の言葉には何か、人道的なモノが欠けている。しかし、今回捕まってしまった枢木スザクを助けたいと言う気持ちはセシルと同じだった。

「だからスザク君を釈放するために…!」

セシルは、ロイドが持つ伯爵という爵位でどうにかできないのかと詰め寄っても見るが、ロイドは諦めの色を変えない。

「彼、名誉ブリタニア人だろ?バトレー将軍が失脚以降、軍は純潔派が押さえてるからねぇ……彼らからすればブリタニア軍人から咎人を出すわけにはいかない」

軍の派閥争いはこの、はぐれモノ所属として知られる特派の元にまで届くほどだった。セシルも、わからない話ではなかった。しかし、納得がいく話でもないのだ。

「でも、犯人がイレブンなら…ジェレミア辺境伯が言うように、エリア11の名誉ブリタニア制度を廃止するきっかけになる」

つまり、自分の爵位では到底回避できる問題ではないのである。その言葉を聞いたセシルの肩から、力が抜けていく。

「じゃあ、スザク君は…」

「無罪、ってことはないだろうね」

頼りの綱は今サミット参加で連絡は難しいし……そこまで考え至ったロイドだったが、ある人物を思い出した。

「うーん」

長年彼の助手をしている彼女はその表情の変化を見逃さなかった。

「何か、手があるんですか?」

「まあ、ダメ元でやってみるだけだけどね」

クロヴィスの死を聞き、サミットから帰国した彼女ならと、ロイドは端末のボタンを押した。

◇◇◇

知らぬ間に閉じていた瞼を起こし、アテネは僅かに聞こえてくる電子音の正体を探った。机でうたた寝をしていたせいか、体が固く、動きづらい。

「ん、と………ロイドさん?」

音源を手に掴み、開いた画面に映ったその文字に意識が戻る。

「もしもし、」

『──どーも!』

スピーカーから聞こえてきたロイドの声に、先日のことがフラッシュバックする。自然と、アテネの手に力が入る。

「……何かあったんですね」

確信した声色で返すアテネに対して、ロイドはその能天気そうな表情を更に明るくさせた。

『──そうなんですよ〜今朝の会見、見ました?』

「会見……ジェレミアさんの、ですか?」

『そうそう!あれで捕まった枢木スザクって、うちの大事なパーツでね?…どうにかできないかなーって』

「…枢木、スザクですか?」

聞いたことのない名前に、思わず首を傾げる。もしかして、あの会見の後になにか動きがあったのかもしれない。

『実はここだけの話…殿下が殺害されたって時、彼僕達と任務中だったんですよ』

「……冤罪、ということですか?」

『はい〜』

「……」

ロイドの言葉から推測するに、恐らくクロヴィスの殺害犯人としてその「枢木スザク」が拘束されたのだろう。──自分の計り知らないところで何かが起こっている…。そしてそれらは、私が関心を向けるべきことでは、ない。文官としての仕事を全うし、気持ちの乗らない時にはお茶会をする……そんな日々を送りながら、オデュッセウスさんと年を重ねていく。これが、アテネ・ランベルティの正解なのだろう。

「申し訳ないですが…今の私に、何かできると言うことは…」

『…んーん?今、と言うと?』

「今の私は、容疑者を擁護する程の力があるわけではないです…それは、ロイドさんもお判りでしょう?」

『でもホラ、純潔派リーダーのジェレミア辺境伯って』

「確かに、ジェレミアさんとは親しくはありますが」

昼頃会ったばかりのジェレミアのことを思い出す。確かにあの時、彼が自分に忠誠のようなもの抱いていることは、感じた。

「公式に“犯人だ”って発表してしまったんですよね?……擁護できて、刑執行後の配慮しか」

つまり、死後の…弔いなどだ。

『うう〜ん…困っちゃったな〜』

「……何もできなくて、すみません」

無力だと感じてしまう。無関心なんて装えない。心の中の叫びが、アテネの表情を険しいものにする。本当に…何もしないまま、静かな場所で眺めていて良いのだろうか。アテネ・ランベルティとして、無関心のままでいなければいけないのだろうか。わからない。受話器から意識を離し、知らぬ間に力の入っていた左手をゆっくりと開く。爪の食い込んだ痛みとは違う感情が、アテネの視界を滲ませた。

「あの、彼に…枢木スザクに会えますか」

何をするべきなのかわからない。でも、何かをしたいという思いは確実にアテネの中にあった。

「彼に、会わせてください」

窓から差し込む光が室内にアテネの影を落とす。しかしその頬に、雫が光ることはなかった。


130304 第四話/完
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