雪がちらつき、すっかり高くなってしまった空をアテネは見上げる。吐いた息が白くなって、空へと消えていく。かじかんだ指先を、そっと頬にあてる。指先がほんのりと温かくなるのを感じながら、目の前に広がる銀世界を眺めた。
冬だ
すっかり見慣れた雪化粧の中庭を見回し、この時期にお屋敷にくるのは何回目だろうか。指で数えてみようと、頬を温めていた手を折るが、どうしようもない寒さを感じて直ぐにポケットへと引っ込めた。
「どうかしたの、アテネさん」
その動きをちょうど見ていたのは、アテネの正面に座って本を読んでいたルルーシュ。首を傾げてみせた彼の頬も、普段より赤くなっていた。
「うーん……寒いなぁって」
「…ああ、なるほど」
短い返答だったが、ルルーシュはそれだけで納得したようだ。しかしそのまま読んでいた本に目を向けるのかと思いきや、本を閉じてしまった。読み終わってしまったのかもしれない。
「ルルーシュくんは寒くない?」
「僕はしっかり着込んでいるから」
彼の服装を今一度確認する。いまいち、着込んでいるのかわからない。ルルーシュは心配になるほど線が細いので着ぶくれもしにくいのだろう。羨ましい限りである。
「早く乾くといいですね、アテネさんのマフラー」
この問いには、アテネも苦笑しか返すことができなかった。踏み荒らされている雪の上に、新しい雪が降り積もっていくのを眺める。所々に穴が開いているのは、つい先程まで、そこで雪合戦を行っていたからだ。ユフィ、ナナリーという身内ないでも特に天使のような存在のふたりと、私の3名で行った。2対1ではあるが、負けはしないだろうと舐めていた。しかし、最後にはユフィたちによって防寒具がびしょ濡れにさせられるほど大敗したのだった。白熱した試合のあとに、アテネがくしゃみをしたのを見て2人の天使は「これ乾かしてきます!」と、アテネの防寒具を持ち去ってしまった。
突然薄着にされて一人ぼっちになったアテネは、少し離れたところで傍観をしていたルルーシュの隣へ移動し…今に至るというわけだ。
「それにしても、2人とも大丈夫かな…」
「まあ、迷ってはいないと思います」
「うーん…へくしょん!」
くしゃみと同時に震えた肩を抱く。汗がひいて段々寒くなってきた。その時、視界の右側に何かが見えた。黒いマフラーだ。
「アテネさん、使ってください」
ルルーシュくんのマフラーのようだ。首に巻いていたものを外してくれたようだが、10もいかない子どもから借りるわけにはいかない。
「そこまで寒くないから大丈夫だよ、ありがとう」
それを聞いたルルーシュが、ニコッと綺麗な笑いを返す。
「お貸しする代わりに、新しい本を僕に貸してください」
「……そんなことしなくても、貸すよ…?」
「僕だって、こんな交渉しなくとも貸しますよ…アテネさんが素直に受け取ってくれないからです」
うう、言い返せない。
「どうぞ」
「…ありがとう」
ここは素直に借りておこうか…。まだ申し訳ない気持ちではあるが、言葉に甘えて一回り小さな手から黒いマフラーを受け取り、首に巻いた。ほっとするような暖かさを感じて、目尻を下げる。
「…次の本も楽しみだな」
年相応な笑顔を向けて、アテネに甘えるルルーシュ。それを見て、悪い気は全くしていない…それどころか「なんて可愛いの…」と胸の奥を震わせているアテネ。
これが、また会えるようにとルルーシュが考えた策略の1つだったと気がつくことはない。
120810 第八話/完
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