いつの時代も、庭というのは住居のなかでも特に豊かさを示すのに重要視される。そしてそれは広ければいいというわけでもなく、その広さを持ちながらも手入れが行き届いていなければならない。当然その庭が広くなるにしたがって、雇う庭師も人数が増える。ちなみに、私の屋敷では3人庭師が雇われている。皆暖かみのある人ばかりで、幼い頃に葉笛を教えてもらったことは今でも覚えている。上手くできたかどうということは置いておくが。…この屋敷には一体何人の庭師がいるのだろうか。日傘を少しだけ後ろに傾けて、果ての見えない庭の風景にふうと息を吐いた。
「アテネお姉様、動かないで下さい!」
「あ、うん!」
シャキッと背筋を伸ばし、胸を張る。…早く…終わらないかな…。もう何回この言葉を飲み込んだことか。飲み込みきれなかったため息だけが漏れた。それを耳敏く拾ったのはユーフェミアの一つ隣に座っていたクロヴィス殿下だった。
「この庭を気に入ったのかい?」
「は、はい」
違います。とは言えず、曖昧にそう返すとにこりと優しく微笑まれてしまった。その笑顔に、それ以上なにも言えなくなる。白いベンチに座り、二人の視線から気をそらすため日傘を肩でくるりと回す。なんというか、その…なぜか絵のモデルをやっています。まず、皇族ともあろう方に描いていただくなんて、本当に…どういうことなのだろうか。いや、どういうことなのかは…わかっている。絵を描きに行こうと言う誘いを上手く断ろうと、絵は苦手なんだとか色々と言い訳をしていたらユーフェミア様が「それなら、アテネお姉様がモデルさんですね!」と言い出し………今に至った。日も傾き始めているし、正直帰りたいわけなのだが…二人が真剣にスケッチしだしてしまいタイミングを逃してしまった。そもそもこの二人を前にそのタイミングが存在するのか甚だ疑問ではあるが。
「なら、アリエス離宮を見たらもっと驚くだろうね」
「アリエス離宮?」
確か…現皇帝、シャルル皇帝陛下が妻のマリアンヌ様のために造らせた庭だと…屋敷の庭師がいつか言っていた。お嬢様はまだお分かりになられないですかね、と苦笑されたがもちろんきちんと覚えている。その美しさを語る熱弁に力を入れすぎて、お母さん気に入りの薔薇を全て切り落としてしまい怒られていたことも忘れてはいない。その時のことを思い出して、思わず口許が緩む。
「思い出し笑いかい?」
「あ、」
口許に手を置いてクロヴィス殿下を見るが、変わらず穏やかなその表情に少しだけ緊張が和らぐ。
「はい、アリエス離宮について…屋敷の庭師が熱弁していたなと」
「そうか、その気持ちはわかるよ。私もあの庭を見るためによく足を運ぶから」
クロヴィス殿下も足を運びたくなるような庭か。しかも今目の前に広がるこの庭園よりも美しいと言う。…一度でいいから見てみたいな。少しだらしなく表情を崩していると、ちょんちょんと膝辺りを突く感触がした。目を移すと、ユーフェミア様がいたずらっぽく笑っていた。ああ、もう可愛いです。彼女は、まるで内緒話をするように口元の横へ手を添え、ちらりとクロヴィス殿下を見ながら口を開いた。
「でも、お兄様の本当のお目当てはお庭じゃなくてルルーシュとのチェスなの」
それを聞いていたクロヴィス殿下が、やれやれと肩を落とした。
「そう言うユーフェミアだって、ルルーシュが目当てだろう?」
二人はそのアリエス離宮…主にはルルーシュという人について会話をしだした。誰なのかはわからないがどうやらチェスが上手いらしい。この二人を見ても、恐らく美形だろう。
「いつかアリエス離宮にも行ってみるといい」
「そうですね…機会があれば、是非」
その時、ユーフェミアが「あっ」と声をもらした。
「やっとアテネお姉様が笑いました!」
「!」
頬に手を置くが、既に表情は困惑したものに戻ってしまっていた。しかし確かに、ようやくこの二人や状況に慣れて、緊張も薄れたような気がする。
「アテネの笑顔も見れたことだし、今日はもう戻ろうか」
聞きなれない台詞にまた緊張してしまう。人の気も知らないでこの殿下は…。
「次はなにをして遊びましょうか!」
「えっ!」
思わず声をあげる。日はあまり傾いていないが、夏の日が長いだけで時間はもう夕方に差し掛かっていた。
「ごめんね、ユーフェミアちゃん…私そろそろ帰らないと」
彼女の表情が暗くなる。
「また次会う楽しみにするといい」
ね?と彼に同意を求められて、自然と頷く。
彼女もスカートを握りしめながら「はい」と答えた。
帰りの馬車の中で、大変な1日だったとため息をつきながら、それでも楽しかったなと呟いた。行きより短くなった髪と共に心が踊った。
120217 第六話/完
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