絵には感情をこめることができる、いつか見たその文は記憶の中だったか。初めて見るはずの油絵のにおいや色が懐かしく感じられるのもそのためなのかもしれない。指で額縁を撫でて哀愁の溜め息が出る。
「アテネお姉様、私も見たいです!」
「あ、ごごめんね」
不服そうな声で我に帰る。頭3つほど下から伸ばされた手に、ゆっくりとカンバスを渡した。満足したように両手に抱えるその姿を見ていると、隣から視線を感じた。その視線を気にしないと決めても…やはり、気になる。彼もそんな私に気づいているのではないだろうか…。それなのに声をかけてこないのは、この状況を楽しんでいるのかはたまたただの天然なのか。
「………」
「………」
とにかく、今確実に言えることはそろそろ限界だということだけである。…よし
「殿下、あの、どうかされましたか…?」
「いや?」
「………」
終わってしまった。渾身の打開策がクロヴィス様の一言で砕け散った。どうすればいい助けてくださいユーフェミア様。それかなにか一言でいいので話してください殿下。
「アテネっていくつだい?」
やっぱりだめだ何も話さないでいてください。そんなことを願ってももう遅いことはもちろんわかっているけれども。
「はい、今年14になります」
「ん、では私と同い年ということか」
「!!」
なんと、驚いた。思わずクロヴィス様と視線を合わせる。彼も少し驚いていたが、すぐに口許へその細い指を押し当てる。その仕草にやはり年齢との差を感じざるおえない。
「ではアテネ、これからは私のことをクロヴィスと呼んでくれるね?」
なぜそうなるのですか。皇族というものは皆こうも自由奔放なのだろうか。…目眩。頼りのユーフェミア様は未だに絵に関心を向けている。
「とても残念ですが、私は殿下をそうお呼びするのに見合った身分ではありませんので」
「ランベルティ家は確か公爵の一族だろう?ともなれば皇族とは親族のようなものじゃないか」
「…そ、そう思っていただけるのは大変光栄なのですが」
「ユーフェミアのことは親しげに呼んでいるのに?」
「……。」
なんでそんなに頑ななんですか。そして悲しそうな顔をしないでください。ユーフェミア様は幼い頃のまま成り行きなんですと言ってみようか…。
「あ、お兄様またアテネお姉様をいじめていらっしゃるの?」
「違うよ、仲良くなりたくてお話をしていたんだ」
ダメだそんなことを口にしたら今度はユーフェミア様が泣いてしまわれる。というか、なんでこんなピンチに見舞われているの私。クロヴィス様は相変わらず私を見てくるし、ユーフェミア様はその可愛らしい瞳をくりくりと丸め、見上げてくる。しかし、彼女は「あっ!」と声を漏らした。
「お絵かきしましょう!」
「お、お絵かき?」
「はい!お兄様と仲良くなれます!」
そうしましょう、と彼女は笑顔を浮かべて客間にある机から羊皮紙を3枚取ってきた。とりあえず呼び捨ての件はなんとか回避できたけど…。手渡された紙を眺める。
「そうだね、じゃあ3人でなにかスケッチでもしに行こう」
「はい!」
「え!?」
ちょちょちょっと待ってください。え?スケッチ?混乱したままの私を置いて、話はどんどん進んでいく。左手が何かにぐいっと引っぱられ、視線は自然と前へ。
「さあ、アテネもおいで。とっておきの庭があるんだ」
もしかしたらこれは夢なのかもしれない。あまりの急展開にふとそう思い至るが、繋がれているその左手の冷たさが夢じゃないぞと私に告げた。
120210 第五話/完
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