04

「そうですか…残念です」

ユーフェミアは残念そうに肩を落とした。それを見て、アテネも苦笑を返す。

「ほら、ここ最近よく晴れるでしょ?雨が降らない間にと、鍛練に励んでいたらしくて」

「ふふ、熱心な方なのですね」

「…はは」

あまりの気まずさに、アテネはユーフェミアから視線をそらした。あのあと、物音に駆けつけたメイドや警備隊によって私の王子様…ジェレミアさんは救護室へ運ばれていった。殴ったのが頭部でよかったなと考えているあたり、私は全く反省していないようだ。まあ、後悔はしているが。

「でも、アテネお姉様に会えることがなにより楽しみだったので…今日は本当に嬉しいです!」

カラン、と氷がグラスの中で踊った。そんなに思っていてくれたのかと胸が熱くなるが、それよりも聞きなれない単語に意識が向く。

「お姉様って…?」

会ったときのままにと思い、敬語も使っていなかったが…お姉様とは…私はどういう立ち位置で出直せばいいのだろうか。

「はい、アテネお姉様」

当の本人は強調するようにもう一度言って、恥ずかしそう頬を赤くした。空耳ではなかったらしい。

「実は、てっきり同い年とばかり思っていて…」

「……。」

確かに、私は人より幼く見えるのかもしれない。今度ジェレミアさんにも聞いてみよう。

「そっか…ありがとう。私もね、ユーフェミアちゃんみたいな妹がいたらなって思っていたの」

少し照れながら微笑むと、ユーフェミアもはにかむような笑顔をくれた。

「お姉ちゃんが二人なんて、贅沢ね」

「はい!」

あまりの可愛さに思わず胸がむずむずしてきた。いけないいけない、落ち着かないと。そのあと菓子を口にしながら会話をして、3年前に宿題にしていた神話のお話を、今度はユーフェミアがお話してくれることになった。

「もう10回以上は読みました!」

胸を張り、フンッと鼻から息をはきながらページをめくるユーフェミアを愛しく思いながら見つめる。

「じゃあ、ユーフェミアちゃんが好きなお話を読んでもらおうかな」

「好きなお話…えっと、えっと……」

ユーフェミアはひときわ癖のついたページを開いた。

◇◇◇

まったく、ユーフェミアはどこに行ったんだ。自室にもいないし、庭園も足を運んだがいなかった。これは、コーネリアに聞いた方が早かったかったかもしれない。クロヴィスは額にうっすらと浮かんだ汗を指先で拭った。

「少し…疲れたな」

腕の中にあるカンバスを眺める。描いたばかりでまだ塗料がキラキラと光輝いている。この絵をまず彼女に見せようと思っていたのに…。とりあえず、もう一度彼女の部屋へ行ってみよう。クロヴィスは踵を返そうと身を翻した。

「ん…?」

何か、声が聞こえた気がした。どこだろう。廊下の真ん中でキョロキョロと辺りを見回す。この辺りだと確か…客間があったか。誰か来賓者が来ているようだ。

「あぁ、君」

「…は、はい!」

ちょうど控えの部屋から出てきたメイドに声をかける。

「ユーフェミアを知らないかい?見せたいものがあるんだ」

絵が見えないように持ちかえながら首をかしげる。するとメイドはパッと表情を明るくして頷いてみせた。

「はい、ユーフェミア様はただいまご友人様とお会いになってらっしゃいます」

「友人…?」

ルルーシュだろうか。彼の顔を思い浮かべて、苦い記憶がよみがえる。そうだ、前回チェスで負けたままであった。

「おそらく、客間にいらっしゃると思いますが」

「そうか、ありがとう」

「あっですが…」

「いや、彼は私の友人でもあるから。挨拶をしてくるよ」

戸惑ったような顔をするメイドに笑みを返し、クロヴィスはそのまま客間へ急いだ。

「…彼……?」

メイドのその呟きは、誰かに聞かれることも、答えられることもなかった。

◇◇◇

ユーフェミアが読み始めたそれは、アテネが一度読んであげた物語だった。勇者様がお姫様を助け出すお話。時々言葉につまりながらも、心をこめて読まれていく。言葉を発する度に体が小さく揺れているのを見て、胸が温かくなる。背も、髪の長さも彼女の成長を私に告げるが、彼女自信はなにも変わらず無垢なまま。

「こうして、勇者様の、ためにこぼしたお姫様の、ため息は…えっと、憂い川になりました」

ユーフェミアは文字を追っていた指を、ふと止めた。

「アテネお姉様」

「ん?」

「憂い川ってどんな川なのでしょう…アテネお姉様は知ってる?」

その問いに頷き、ちらりと窓から見える青々とした木々へと視線をうつす。

「憂い川は夏に…ちょうど今頃から見え始めるかな」

夜空に架かる大きな川を思い浮かべる。もちろん神話のようにお姫様のこぼした恋の吐息がそれの起源ではない。実際は星が集合して雲状に光の帯を見せているだけの天体現象。しかし夜空に見える憂い川が大変綺麗だということも、事実である。ふと視線をユーフェミアに戻す。キラキラと瞳を輝かせながら憂い川の文字を指でなぞるその姿にまた口元がゆるむ。

「また今度一緒に見ようか」

彼女の笑顔は私の口元だけでなく思考さえもとかしてしまったようだ。しかしおそらく天体観測をするために外へ出ることは、彼女の地位や年齢からもまだ叶わないだろう。それでもいつか、何年先かに見れればいい。そう思った。ユーフェミアはきょとんと目を丸めて、それから大きくうなずいた。もちろん、いつもの可愛らしい笑顔で。また部屋が暖かい空気に満たされていくようだった。

「面白そうな話をしているね、ユーフェミア」

空気が変わる。声を聞いたユーフェミアは私へ向けていた笑顔をそのまま扉へと向けた。そして、クロヴィスお兄様!と明るい声をあげた。

「友人が見えていると聞いたからてっきりルルーシュだと思っていたのだけど…こんなにも可愛らしいお客様だったとはね」

何かを腕に抱え、アテネたちの方へ足を進める少年。彼の歩みにあわせて金色の髪が揺れる。アテネはその髪に軽く目を細めて少年の名前を心の中で復唱する。クロヴィス…たしか第三皇子だったか。瞬時に、座って会話するような関係ではないと判断する。ゆったりとソファーから立ち上がり、深々とお辞儀をする。

「お初にお目にかかります、殿下。ランベルティ家長女のアテネ・ランベルティでございます」

声は震えていなかっただらうか…家名なんて言わない方がよかったか。そしてふと首筋の涼しさを思いだし、ジェレミアさんを恨めしく思う。切り揃えられていない不自然な髪と、顔の切り傷。嫌な汗が背中をつたう。そもそも、よく私はこんな状態でユーフェミア様に会ってるな。

「うん、初めましてレディ。…さあ顔を上げて」

ハッと意識を戻す。アテネはゆっくりと顔を上げ、今度は目を見開いた。白く細い手が、目の前に差し出されていたのだ。

「そう固くならないで、忠誠心よりも…私は君の笑った顔が見てみたい」

「……?」

笑顔?何かの隠語だろうか。そしてこの差し出されたままの手は繋げばいいのか、それとも口付ければ…いやそれは男性の…じゃあ…。あまりの展開に、アテネの中で知識が溢れだした。ジェレミアさんもこんなかんじだったのかもしれない。…本当に申し訳ないことをした。先程まで恨めしく感じていた自分を思いだし、単純だなと自嘲。再び思考の海へ旅立ってしまったアテネを見て、クロヴィスはクスリと笑う。ユーフェミアはそんな様子のクロヴィスに「アテネお姉様をからかわないでくだい!」と眉をつりあげてみせた。

「いやいや、困らせるつもりはないんだ……困ったな」

正直私が一番困っていますと言い放ちたいところである。

「そうだな、じゃあアテネ。とりあえず私の手を取ってくれるかい?」

「あっ……は、はい」

おずおずと手を出す。そしてアテネが指先にひんやりとした感触を覚えた時には、既に手は繋がれていた。まるで磁石のようにくっついてしまった。なんという早業。

「今日から君は僕の友人だ、よろしく」

「……!?」

「まあ!」

ユーフェミア様が名案だとばかりに体全体で頷いている。叫び声も上がらない。ただ、口の端から細く…イエス、ユアハイネス…と吐息まじりに返事をすることしかできなかった。


12???? 第四話/完
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