03

勇者様ってなんだろう。勇者様ってお姫様に連れられてくるようなものなんだろうか。あれ、ちょっと待ってもしかしてそのお姫様って私になるのだろうか。お姫様……私が?

「アテネ様、お待たせいたしました」

「あ、はい。わあ、とってもよく似合ってます!すごい!」

正式な服なのだろう。割りとかっちりした服に身を包んだジェレミアがいた。顔も綺麗だし、似合う。貴族らしい気品もある…うん、いいね。

「ありがとうございます」

ジェレミアは着なれているらしく、特に恥ずかしがることもなく苦笑した。

「じゃあ、行きましょうか」

「は、はい」

戸惑いながらも後ろを着いてくるジェレミアを確認し、前を向く。どこに行くかなどは伝えていない。卒倒されては困るからだ。ジェレミアも「友人に紹介したい」としか聞いていないため、名門貴族の誰かだろうと考えてはいるようだが…。始めは行き先を聞こうとしている気配を感じたが、しばらくすると聞くのを諦めたようだった。

「アテネ、様…」

「なんでしょう」

サクサクと歩いていた足を止めて振り向く。ジェレミアさんは、後ろに聳え立つ屋敷に表情を固くしていた。

「わた、私の気のせいであるかも…しれませんが、あの…ここは?」

気のせいじゃないよ、ジェレミアさん。そう言う代わりに、首を横にふる。彼もそれを見て、確信したようだ。大丈夫、悪いようにはしない…だなんて、どこかの悪党のような台詞が出そうになる。

「お待ちしておりました、アテネ様」

後ろからかけられた声に振り向き、視線をやる。そこには、頭を下げたまま立つメイドが2人。

「客間にて、ユーフェミア様がお待ちでございます」

「ありがとうございます」

日傘をパチリと閉じて、手袋と共にメイドさんへ預ける。そうだ、メイドさんにジェレミアさんの説明をしなければ。手袋を手渡しながら、ジェレミアに軽く視線を流した。

「あの…」

すると、メイドの一人はにこやかに笑って頷いた。

「ユーフェミア様からアテネ様とお連れの方がいらっしゃると、うかがっておりますので」

「え、ああ…そうなんですか。よかった」

これで彼も屋敷に入れる。メイド2人に案内をされながら部屋へと向かう。そしてふと、彼が一言も話していないということに気がついた。

「ジェレミアさん?」

「は、はい!?」

彼は胃の辺りを押さえながら、体をふらりと揺らして私を見た。憔悴しきっている。それはそうか、剣技を練習していて、剣で公爵令嬢を傷つけて胸元を触り、今度は勇者様になれと言われて着いてきたら皇女殿下とご対面なのだから。なんだこれは考えてみたら本当に可哀想だ。私なら耐えられずに気絶してしまう。もう一度、彼を見る。だめだ…やっぱり…。

「…ごめんなさい、ジェレミアさん…。あの、無理させて…本当にごめんなさい」

精一杯の謝罪を込めて、彼の顔を覗きこむ。

「…元々、私があんなところにいなければ…それに、こんなお願い…」

目を伏せて、もう一度、ごめんなさい。と消えるような声を絞り出した。

「アテネ様、顔をあげてください」

「…ジェレミアさん」

ジェレミアはフッと笑うと、背筋を伸ばし、私を真っ直ぐに見つめた。

「確かに、驚きましたが…このジェレミア、一度申し上げたことを撤回する気はございません」

そして彼はスッと、自然の流れで跪き、その右手で私の手を取り。

ちゅっ

「……」

まあ、と黄色い声があがる。手の甲に感じたのは、ジェレミアの唇の感触と体温。これは、なんだ。アテネは、冷静な自分がそう呟くのを聞いた。絵本のお姫様にでもなったのか、自分は。徐々に首から顔へ、熱が上がっていくのがわかる。

「アテネ様?」

こ、こいつ……。おそらくこういった礼儀は家で教育されたことで、悪気は全くないのだろう。しかし、まるで本当の勇者様ではないか…。そこまで思い至って、頬がますます熱くなっていく。いや、まあ、落ち着こう私…彼はもちろん、私の勇者様なわけで…ユーフェミアに紹介しなくてはいけなくて…。そうして心の乱れを静めようとするが、視界の端でメイドたちがクスクス笑いながらはけていくのを捉えると、またしても心が波立つ。

廊下には、真っ赤な顔をした私と、なぜ私の様子がおかしくなったのか考え至ったらしい
口元に笑みを浮かべたジェレミアさんの二人だけが残された。

「では行きましょうか……お姫さ、ッブ!!」

ドサッ

「あ」

気がついたら、
全力でその顔を殴っていたのだった。


12???? 第三話/完
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