「こちらに」
「はい」
通されたのはそれなりに豪華な作りの客間だった。てっきり彼はただの騎士見習いかと思っていたが、どうやら見習いでもそれなりな家柄のようだ。まだ17、8くらいだろうか…救急箱を用意する彼の横顔をじっと見つめた。
「本当に、申し訳ない」
「え?」
いつの間にか彼は消毒液とガーゼを片手に私の正面に来ていた。
「顔に怪我、更には髪まで……失礼」
「…ん」
頬にガーゼが当てられる。ピリッとした痛みが私を襲う。目を伏せて、彼の腕から彼の洋服のベルト辺りまでゆっくり視線を落とした。男の人だ。よく考えてみれば、彼は人生で初めてあった他人男性だ。記憶にしかなかったが、そうかこうにも女とは体格が違うのか。
「……しかし、本当に、先程の、…その…あれは…悪気も下心もなかったのだ…」
「……?ああ、大丈夫です。あんなことされたのは本当に初めてでしたが…ふふ」
思い出したら、なんだか笑えてしまった。どれだけ動揺していたのやら。私が笑ったのを見て、安堵したのだろう。青年は短く息を吐き、手を離した。
「そうだ…後日、改めてお詫びをさせていただきたい。お名前をうかがっても?」
そうだった、まだ名前すら告げていなかった。アテネは少しだけ短くなった髪を指先ですうのをやめて、居住まいを正した。
「アテネ・ランベルティと申します。あ、でもお詫びだなんて…気になさらなくても大丈夫ですからね」
苦笑しながら青年を見る。青年は、ガタンッと救急箱を机に落とした。
「ラララララ…ランベルティ……!?」
な、なんだ。どうしたというのだ青年。真っ青になったり真っ赤になったり。表情が忙しく変わる。そして、
「数々のご無礼、誠に、誠に…誠に申し訳ありませんでした…!!」
どこからそんなに大きな声が出るのかと驚くほどに、彼は叫び跪いた。
「……えっと…?」
これはなにが正解になるのだろうか。わからない。とにかく、顔をあげてほしい。
「私はジェレミア・ゴッドバルト…ゴッドバルトが嫡男でございます」
泣いているのではないかと思わせる声色が届く。しかしゴッドバルトって…あの、名門貴族のだろうか。なるほど、確かにランベルティの方が数段か地位は上だ。彼も名門貴族だからこそ、身分違いを理解して、震えているのだろう。
「いかなる処罰もお受けいたします。誠に、誠に……!」
彼の頭では今、走馬灯のように私との会話が巡っているのかもしれない。しかし、そんな…処罰なんて考えたこともないし…。困った。
「あのですね、処罰と言われても」
「いかなることもこの身で償えるのであれば!いかなることも…!」
「……。」
だめだ、このままでは自害までしてしまいそうな様子である。ではどうしたら…。
「あ」
「…!」
ひとつあった。とっておきなお願いが。これしかない。思わず、にやっと表情が崩れる。それを空気で察したのだろう、ジェレミアはびくりと肩を震わせた。
「ジェレミア・ゴッドバルトさん…」
アテネの視線が、ジェレミアを捉える。一歩足を踏み出し、しゃがむ。
「私の、勇者様になってください」
「………ゆ、…しゃ…さま?」
口にしながら、ゆっくりと、ゆっくりジェレミアは顔をあげた。
「はい、私の勇者様になってください」
ユーフェニアちゃん、私、ようやく貴女に会いに行けそうです。
12???? 第二話/完
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