時は巡り、6月。
日傘をくるりと、肩の辺りで回した。今日はとあるご令嬢からご招待をいただいていた。とあるご令嬢というか、ユーフェミア様だ。今までも手紙を交換しながらの交流はあり、手紙が届くのを楽しみに待ったりしてきた。手紙にはいつも決まって、ほんのりと香りのする羊皮紙が使われていた。そして、いつも文末には「近い頃遊びに来ませんか…?」という文が添えられていた。のらりくらりとやりすごしてはいたのだが、遂に口実がなくなり…今、こうして彼女の屋敷へと向かっているのだ。
「それにしても、広い…。やっぱり門前で降りずに玄関先まで送ってもらえばよかったかな…」
門前から見えた噴水やバラ園に興奮して、歩いていくなんて…言わなければよかったと。後悔しても時すでになんとやら。しかし、ゆっくりではあるがもう半分は歩けた。よし、もうひとふんばりだ。
またもくもくと歩き始める。これから回避すべき事柄について考えながら…。なんというか、現在進行形でピンチなのだ。手紙の中で言い訳をするうちに……行くときは勇者様を連れていく、だなんて…。はい。あいにくと今も勇者様はいない。さて、どうしようか。考えても意味はないし、かといって考えないわけにもいかない。はあ、嘘はよくないとつくづく感じた。
「素直に、いないって言った方が……」
次の瞬間、「いいのかな」という言葉は飛んできた剣と、はらりと落ちた横髪と共に消えてしまった。
「……え?」
たらっと頬に雫が垂れる。雨も降っていなければ、涙なんて流すはずもない。日傘を持っていない方の手をゆっくりと、頬に当てる。ぬるっとした感覚…指先が赤く染まった。血だ。
「……お、おい大丈夫か!!」
声は後ろからした。日傘を少し傾けて、ふりかえる。青く、少しだけ毛先に癖のついた髪を持つ青年がその額に僅かな汗を浮かべて立っていた。この青年が私に話しかけてきたらしい。
「剣技の鍛練をしていたのだが、……そうだ…剣は……」
青年の目が、地面に刺さった剣を探してキョロキョロと動く。そうか、剣が飛んできたのか…。
「剣なら、」
私の足元に、と少し屈んだその時首もとにスッと風を感じた。
パサッ
地面になにかが落ちる。髪の毛だ。私の。顔をあげる。真っ青な顔をした青年と目が合う。首もとが涼しい。なるほど。
「も、申し訳ない!ご令嬢に…はっ、怪我もされて……!?」
「え、ああ…そうですね。でも大丈夫です…はい」
「……」
「……」
お互い、どうすればいいのかわからずしばらく沈黙。どうしよう、髪の毛の掃除しないと…あ、でもユーフェニア様と約束が…。
「あ、」
血がぽたりと胸元に落ちる。うおお、容赦なく赤く染まっていく。
「こ、これを!」
青年は急いで胸元からハンカチを取りだし、染みに当てた。つまり、胸元。
「う、わわ…!」
「いけません、じっとして……」
頬が赤い私に気がつき、ようやく把握したのだろう。青年は声にならない叫びを発して離れた。
「こ、これは!けけけっして…!」
「はははいだだだいじょうぶです!」
しかし髪も服も、少し悲惨なことになっているのは事実だ。このままではユーフェニア様にお会いできない。
「あの、治療だけ…させていただいても…」
おずおずと、まだ赤くなりながらハンカチをさ迷わせている彼を見上げる。青年もハンカチを振る手を止めた。
「はい、ではこちらへ…」
ユーフェニア様に会いに行くには、もう少しだけ時間がかかりそうだ。
12???? 第一話/完
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