03

「おい、あの噂聞いたか?」

廊下を行き交う生徒たちのひとりが、そういって友人の肩を叩く。相手はキョトンと目を丸くしてから、「またあの4人組がなにかやったのか?」と、問う。周りにいた人間も、同じような反応だ。

「ちがうちがう、あのフィルチに子分ができたんだとさ!」

「はあ? なんだそれ」

「俺も、見たってのをさっき聞いただけで、詳しくは知らないけど……なんでも、一緒になって食堂の床掃除をしてんだとさ!」

「ゲーッ」

「いったいどんなアホだよ!」

ゲラゲラと笑いながら、ズタ袋のような醜いフィルチの横を歩くのだから、ボロ雑巾のような僕妖精に違いないと言い合いながら廊下の角を曲がった。その背中を追うように、始業のベルが鳴り響く。

生徒の姿がなくなって静まり返る廊下に、再び人影が現れた。

「聞いたか、プロングス」

「もちろんさ、パッドフット」

現れたのは、学内イチ悪戯が大好きな4人組だった。そう、まさにいま"あの"と揶揄された彼らである。プロングスと呼ばれたひとりは、いかにも熟考しているかのように手を顎のしたに据えてから、ニヤリと不敵に笑う。

「行き先は変更だ」

「ああ、そうこなくちゃな」

ハイタッチをし合う2人を前に、気の弱そうな少年が周りを気にしながら小さく「授業に遅れちゃうよ」と背中を丸めた。針ネズミのように縮こまったその背中を、パッドフットが乱暴に叩く。

「そんなんサボるに決まってるだろ。ここで仕掛けにいかなきゃ、"悪戯仕掛人"の名が廃るってもんだ!」

「最近タケル先生も飽きてきたしね。ちょうどいい、新しい玩具探しだ」

「ムーニー、お前はワームテールみてぇなこと言ってくれるなよ」

「僕も気になるし、もちろん行くよ」

かくして、悪戯仕掛人たちはフィルチたちがいるという食堂へ足先を向けるのだった。


◇◇◇


「まだ汚れがあるぞ!」

「……」

郁は、隣でギャンギャン噛みついてくるフィルチに早くもうんざりとしていた。そもそも、昨日トリップしたばかりだというのに、なぜ私はいまこんな状況にいるのだろうかと、眠気に負けそうな目をこする。自室は明日用意するからと、なぜか校長室で一夜をすごさせられたのだが……歴代の校長たちがペチャクチャとうるさいのなんので。

ようやく眠りについたと思えばすぐに起こされて、いま目の前にいる彼……フィルチを紹介されたのだった。

「フィルチ、今日から君と一緒に働くことになった郁じゃ。いろいろと仕事や校内のことを教えてやってほしい」

「……」

「えっと、初めまして」

「……」

「……」

「ほっほっほ」

最悪の顔合わせだった。

こういうのは寝て忘れるに限る、と二度寝のためにソファに戻ろうとする郁を、校長が咳をゴホンッと引き止める。そして、笑顔で「早速よろしく頼むぞ」と告げられたのだった。フィルチさんは物こそ言わなかったが、その表情はしかめられていた。ブルドッグにちょっと似てるなぁ、と思っているとドアの向こうへ姿を消してしまう。

あのコミュニケーションも取れないような人の下につかないといけないんですか、と校長を見上げるが、返ってきたのは相変わらずの笑顔のみ。仕方ない、郁はさっさと腹を据えてフィルチの背中を追った。

そして、食堂の床を拭き始めた彼に倣って掃除をしたところ、始めのような叱責を受けたのだった。汚れがあるぞ、ってそりゃ掃除機でやってるんじゃないんだからどこかしらにはあるだろ。

「そんなに気になるなら、フィルチさんが魔法使えばいいじゃないですか」

「……き、き、貴様ぁ〜!」

掃除中にずっと思っていたことをそのまま言ったところ、どうやら火に油だったらしい。怒りポイントがわからない。もしかして掃除には魔法を使わないポリシーでもあるのだろうか。

とりあえず、うるさいので彼が汚れているという部分を屈みながら雑巾で拭いておく。なんか、もう食堂にあるしゃべる絵にも、働いてる僕妖精とかいうクリーチャーにも飽きてきたし、そろそろ他の仕事がしたい。

「フィルチさん、次は……」

退屈な顔を隠さずに上げた郁は、普段は嗅がないようなにおいに気がついた。これは、火薬のにおいだ。ほとんど無意識にスクリと立ち上がると、ちょうど一番近い食堂の扉から黒いなにかが投げ込まれたのを確認する。においの元凶は、あれに違いない。ということは、いま私たちに向かって爆弾が投げられたということだ。

「フィルチさん!」

「人の話を、っ!?」

郁はフィルチの腹あたりにタックルして、できるかぎり高く、後ろに跳躍した。グンッと周りの景色が下に流れていく。下に置いてある掃除用具がマッチ棒ていどの小ささに見えるくらいまでになったと同時に、そこでなにかが爆発した。

パァアン!

煙まで立ち上って、中心からは茶色いなにかが飛び出して辺りを汚す。爆発が落ち着き始めたタイミングで、跳躍で上昇していた身体にもスピードがなくなり、ゆるやかに落ちていく。念のためフィルチを肩に担ぎ直して、爆心地からだいぶ離れたところに着地する。そしてようやく、郁は辺りを見回した。

「なに? 敵襲?」

食堂内を見回しても状況がわからなかったので、担いでいたフィルチを地面に降ろしてみるが、彼は歯がところどころが抜け落ちた口をあんぐりと開けて、郁を見つめ返すのみだ。

とりあえず、第2波に備えるか。腰のあたりに隠していたナイフを構えて、爆弾が投げ入れられた入り口を見据えた。立ち上る煙は次第に晴れて、相手の姿をあらわにする。

「うわああああっ! いまのなになに!? 魔法じゃないよね!?」

異様にテンションの高い少年がひとり、扉の開いた入り口に立っていた。距離があるにもかかわらず、思わずよろめいてしまうほどのテンション。こ、これが若さか……!

「おいっ、ジェームズ!」

しかもなんか、呼び止めるために扉のむこうから伸ばされた友人の手を振り払って、近づいてきたんだけど。

怒濤すぎる展開に呆然としている郁を他所に、少年は目の前に立ちふさがる。そして、郁の肩を掴んで……。

「君、フィルチの子分なんてやめて、僕たちと友達になりなよ!」

「は、あ?」

子分ってなんだとか、友達はなろうって言ってなるものじゃないし、そもそもなぜこいつはこんなに興奮しているのかとか。とにかく言いたいことがたくさんありすぎて、郁は呆けてしまった。……しかし、混乱していたのは郁だけではなかったようだ。

「待てよジェームズ!」

「わ、なんだよシリウス」

シリウス、と呼ばれた彼は私をチラリと見てから、いまだに郁の肩から手を離さない彼、ジェームズの首根っこを後ろへ引っ張り上げた。

「お前本気で言ってんのかよ! フィルチの子分だぞ!?」

「そ、そうだよジェームズ……!」

「シリウス。とりあえず、早くここから出よう」

さらに扉から飛び出してきた少年たちも加わって、ジェームズを引き剥がす。そしてまだ「僕は彼女と友達になるんだ!」と騒ぐ彼を羽交い締めにしながら、すたこらと退散していった。

「……」

「……」

食堂には、私とフィルチさん。そして、汚物のかかった机や床たちの沈黙が残された。せっかく掃除したのに、する前よりも汚くなってるじゃねーか。いつかあいつら締め上げる、郁はそう心に誓ったのだった。


141031 第三話/完

親世代が大好きです。特にレギュラスが大本命で……彼が出るかはわかりませんが、次回は蛇寮側を出したいです。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -