夢を見ていた。
馴染みの学校で勉強して、帰宅して、起きたらタケルの制服が変わってて。幸村に会って、テニスキャラにウハウハしてたらお茶碗が鈍器並みに重くなってて、蜘蛛に巻き込まれて、と思ったらタケルがアイドルになってそしてなぜか私もアイドルになれと迫られて、と思ったら巨人に追いかけられる。
ああ、こんなこともあったな。そんなことを思いながら、郁は目を覚ましたのだった。そして、ベッドの横に立つサンタクロースを見つけた。なんかこれ、デジャビュ。
「起きたかね」
「……そうですね」
「さて、早速じゃが話をしてもよいかな」
「……ど、どうぞ」
いつの間に寝たのかわからないけど、とりあえず話したいというので、ベッドから体を起こす。すると郁の目の前に、突然なにかが現れた。ソーサーに乗せられたティーカップだ。ふよふよと浮遊しながら、ハーブの香りが郁の鼻先をくすぐる。
「魔法は初めてかの」
「!? ま、ほう」
「ホッホッホッ、初めてのようじゃの」
「……はい」
そっかこれ魔法か。さすが、イギリス代表のチート技。こういっては変だけど、手品みたいだ。感心しながらもちらりとおじいちゃんを確認すると、同じように浮かんでいるカップを右手で捕まえて傾けていた。そして、私にウィンクをひとつ。……これは、飲んでもいいよってことかな。郁は倣うようにして、ソーサーのカップを捕まえて口をつけた。
人外テニスに念に巨人に出会ったかと思えば、次は魔法。もう、お腹いっぱいだよ! と、いますぐベッドに体を投げ出して、大の字になりたい気分だ。しかし、人前でそんなことはできないので、ここはなんとか眉間に力を入れることで耐える。
「とりあえず、ここはサンタクロースの町じゃないってことですよね」
「残念ながらの」
にっこりと、おじいちゃんの割りにチャーミングなスマイルを返された。むしろサンタクロースの町だったらよかったのに。そしたら、聖夜以外はニートしていられたってことだ。絶対、生き死にの話もない。郁は、足元に横たわるブレードを見下ろした。
それきり黙りこみ、再び紅茶を口にする。
「どうやら君にも魔力があるようじゃの」
ブファァッ
口に含んだ液体が、郁の口から霧状に噴出する。気管にも入ってしまったらしく、咳が出た。体を折り、生理的に浮かんだ涙をゴシゴシと指で拭う。
「驚くことはない。このホグワーツが見えるということは、そういうことじゃ」
ホグワーツ!
その単語を聞いた郁の頭に、木材で叩かれたような衝撃が走った。といっても、それと同じだけのショックを受けたというだけだが、郁は実際に叩かれて悶えるようにして頭を抱える。ホグワーツって聞いたことある。全世界で歴史的大ヒットした児童小説で、映画もすごくて、最近では大阪にできたって話題になった、あれだよね。
そして油を射し忘れたロボットのようなぎこちなさで、改めてサンタクロースを見ると、その格好にどうしたって見覚えがあることに気がつく。主に映画で。極めつけは、あの大男が言った名前だ。確かに彼はダンブルドア、と言っていた。つまり……やはり、ここは。
「君のことだ、ここがどこだかもうわかってしまったのではないかな」
「!」
「先ほど、ちらりと君の記憶を見せてもらったんじゃよ。なにやら物騒な物言いをしていたと聞いての」
「記憶を、って……」
いわく、先程私が見ていた夢は、彼が私の記憶を見ていたことと関係があるらしい。なんだそりゃ!と言いたいところだが、魔法を使えるのだからそのくらいできてしまうのだろう。嘘もつかなくていいし、説明をする必要もないのはありがたいけれど……逆に考えれば、私の過去に限らず、能力とかもバレバレということだ。警戒はしておかねばならない。しかしよかった。映画は三作目までしか観てないから、物語の結末までは見られていないはずだ。そもそも、ダンブルドアがどこまで深く私の記憶を覗いたのかはわからないが、油断はならない。
緊張から浮かんだらしい額の汗を拭く郁に、ダンブルドアはにこりと笑った。
「ところで、君に会わせたい人がいるんじゃが。ここへ呼んでも構わないかね」
「?……どうぞ」
額ついでに、噴き出した紅茶でベタベタする口許も拭っていると、ダンブルドアは杖を振ってもう1脚イスを用意した。あいにくと、私は映画を地上波放送で見る程度の、にわか層。誰を連れてこられたところでわかる自信もない。しかし、いつもの流れからすれば……ここで登場するのは、うん。タケルしかいないよね。記憶を見たって言ってたし。
いったい今回はどんなスペックが追加されているのだろうかと胃の辺りを擦っていると、郁の後ろでバフンッという音が起こった。振り向けば、絵本に出てきそうな可愛らしいレンガの暖炉からモクモクと灰煙が立ち上っていた。その奥ではなにか黒いものが揺らめいている。
「早かったのう、タケル」
「ゲホッ……校長、人を呼ぶのであれば煙突の掃除しといてくださいよ」
やはり、タケルだったか。思わずドヤ顔を決めてやりたくなるが……ひとつだけ気になることが。タケルって、もう少し高い声じゃなかった?成長期特有の、というか。変声期に片足を入れているくらいの少年声だったはずなのに。いま聞こえたのは、妙にしっとりと、落ち着いた声だった。そう、まるで年を重ねたような……。
「あ、れ?姉ちゃん?」
悲しいかな。私の予想は的中してしまった。そこには、見上げてしまうほどに背の高くなったタケルが立っていたのだ。
平凡そのものだった顔は垢抜けて、精悍さが滲んでいた。髪は後ろで短く結ばれていて、喉仏から襟足までの男性らしい造形がすっきりと見ることができる。男性らしく厚い胸板は黒のYシャツと白の燕尾タイプのベストで包まれ、その上から黒一色のマントを羽織っている。郁は映画を全て見たことはないが、ホグワーツの生徒が着る服ではないことはわかった。そして、タケルが成人していることも。
「今日から、君のお姉さんをこのホグワーツの管理人として雇うことにしたんじゃ。フィルチの元まで案内を頼めるかね」
「えっ」
ダンブルドアの言葉に、タケルが肩を跳ねさせた。驚きで言葉が出ないようだ。ちなみに、未だにタケルの変わり様に動揺していた私も、まったく同じ反応をしてしまった。それを見たダンブルドアが「さすが姉弟じゃの」と、笑いながら肩を揺らす。
居心地の悪さを感じたらしいタケルが咳払いを数回して、私を背に回す形で一歩前へ踏み出した。ダンブルドアを責める意味合いがあったようだが、髪から覗く耳は赤い。爪の甘さは、相変わらずのようだ。
「しかし、姉は管理者向きの魔法は使えないのです、校長」
「だからこそ、じゃよ。魔法を使わずとも、生徒たちを指導できるだけの対人能力を持っておる。生徒を溶かすようなこともないじゃろうし、フィルチの助けにもなるはずじゃ」
タケルが私に振り向く。
「……姉ちゃんが、希望したの?」
「え! う、うん? まあ……そうだね」
呆けながらも、頷く。するとタケルは「俺が誘ったときは断ったくせに」と恨み言を口にした。いや、こっちの私のこととか知らんがな。もちろんそんなことは言えなかったが。
タケルは、郁の反応も待たずに、くるりと視線をダンブルドアへ向ける。結われた髪とともに、結い上げている赤いリボンが揺れた。
「わかりました」
「ホホッ。では、よろしく頼むぞ」
「お任せください」
なんとも可愛らしい髪型だなと、タケルの後頭部を見ていると、タケルが今度は体ごと郁に振り返った。そして、まだ納得がいっていない様子で、右手を差し出す。
「グリフィンドールの副寮監をやっている、タケルだ。よろしく」
「……」
自己紹介の定型文でもあるのだろうか。身内と交わさない他人行儀たっぷりな挨拶に、郁は返答ができなかったが、なんとかその手を握り返した。
「ようこそ、ホグワーツへ」
141001 第二話/完
次で……キャラを出します。確実にフィルチは出てきますが!
×