ふわっ、と足元が消えた感覚。もしかしてと、何故か閉じたままの瞼の裏で危ぶむものの、しかし落下するような感覚やなにかが足裏に当たるようや衝撃はない。おかしい……いつもなら、世界を跨ぐにしても地に足はついていたのに。
それと、なんだろうこの音。金属音のようで、電撃音のような……。ん、ちょっと待って今度は轟音!?
まるで風が下から吹き上げるかのような、激しい風音とまばゆい光が郁の五感に襲いかかる。
「今度はなに、どんな世界でなにをしろってのよ……まったく」
ため息とともに瞼を開ければ……こちらを見上げる空色の瞳と視線がぶつかった。なにやらその瞳はキラキラと輝いている。あ〜これやっぱりあれだわ、まただわ。またのパターンだわ。
「彼女はバーサーカーのようだね。それ以外は……うーん、データがないな。しかし女子高生というやつに間違いはなさそうだ」
「やっぱり!わ〜!オレ、セーラー服初めて見ましたよ!」
私の知らない間に、なにやら偉そうな話し方をする茶髪巨乳美人と、私を見上げていた空色の瞳の少年が盛り上がっている。その間に、摩訶不思議な浮遊現象も落ち着いて、ゆっくりと足が床につく。
この様子から察するに、召喚かなにかされたのかな。もうなんか自分の適応力に感服だわ。でもなんでセーラー服着てるんだろう……?
「あ、オレは藤丸立香。君のマスターだよ。召喚に応じてくれてありがとう!よろしく」
「……マスター?」
なにそれ怖い。なにこの世界観。マスターとかあれだよねご主人様的なやつだよね。もしかして今回はご奉仕系の恋愛シミュレーションゲームの世界なのかな。この人プレイヤー?いやちょっとちょっと、私を攻略対象にするの?
うん、…………ないな。これまでだってなかったし。女性向けの恋愛シミュレーションゲーム、まあ、薄桜鬼とかでも私まったくルートにいなかったもんね。むしろタケルがそのポジションだったしな。あ〜〜〜〜するとあれか、今回はベーコンレタス(BL)ゲームかな?いや〜それは初めてだわ。
「となると、君は男の子が好きなんだね」
「え、何が"となると"なの!?」
「大丈夫、私理解あるから」
「何が!?」
「ほほう〜立香くんそうだったのかね。いや私も怪しいなとは思っていたんだよ。君全然女性サーヴァントとフラグ立ってないし」
「ダ・ヴィンチちゃんまでなんなの?!フラグ立たないのはオレがモテないからだしオレは女の子が大好きだよ?!ひどいよ!」
凄まじい突っ込みだ。まるでタケル……。そういえばタケルはどこだろう。どうせいるんでしょ?
「藤丸さん、タケル来てない?」
「え?うん、キャスターのタケルかな?いるよ。あれ……もしかして、知り合い?」
「そうですかわかりました。いいえ全く知り合いではありませんのでお気になさらないでください本当に」
「なんで急に敬語なの!?」
「ところでここはどこですか」
「無視は辞めて!」
「まあまあ、落ち着きたまえ。とりあえず彼女に説明を。それと、なぜ説明が必要なのかを調べようか」
なぜ説明が必要か、って……。
郁には全く訳がわからなかったが、その言葉に立香は驚いたように動きを止めて「ロマンのところに行こう」ときびすを返す。
「どこか体調が優れないところはあるかな?」
ダ・ヴィンチ、と呼ばれた女性に背中を軽く押されて、部屋の出口へと案内される。
「体調……」
自分の体をぐるりと見てみる。血も出ていないし、骨が折れている様子もない。ただ、少しだけ頭がぼんやりしている気はする。
「少しだけ意識がふわふわしてます」
「召喚の後遺症だね、それならますます彼のところに急ごう。医務室にいるから、休めるよ」
にこりと笑って、肩をさすられる。それに安堵して「ありがとうございます」と返すと、すでに扉の前に着いている立香が手招きをしてきた。そして今度こそ、郁はこの世界での初めの一歩を踏み出した。
扉を出ると、ドラクエさながらに一列になりながら歩く。なんだか随分と近代的な建物だ。それに白くて、なんというか無機質な廊下だな。迷いそう。
「どうかした?」
キョロキョロと視線を泳がせる私に、藤丸さんが振り返りながら声をかけてきた。おやこうしてみるとなかなかの好青年。ますますベーコンレタスゲームっぽいぞ。
「迷いそうだなと思って」
「ああ、暫くはそうかもしれないね。あとで食堂とか、いろいろと案内するから安心してね。エミヤあたりがいいかな〜」
てくてくと、廊下を歩いていると……前方からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。なんだろう。部屋の扉が開いていて、そこからしてきてるみたいだ。
「あ、そっか今の時間ならちょうどいいや」
藤丸さんにはその声たちに思い当たることがあったようだ。手をポン、と叩いて扉の前まで足を進める。よくわからないが、ダ・ヴィンチさんに確認の眼差しを送ると、ニコッとまた人のいい笑顔が返ってきた。まあ、大丈夫か。
扉から顔をひょこり。そしてそこに広がる光景に、郁は絶望した。なぜ私は学ばないのか。いつもこの軽はずみな行動で痛い目をみてきたというのに。
「もうやめてく、…………姉ちゃん?」
やたらと顔面偏差値と体格のよく、西洋の騎士を思わせるような出で立ちをした男たちのなかに、そいつはいた。そう……タケルが。
「え、」
隣にいた藤丸さんが、口をあんぐりと開けてこちらに勢いよく振り向く。室内にいた人達も、同様に驚いた様子だ。
「タケル……貴方、姉がいたのですか」
金髪の王子様フェイスの超絶イケメンがそう言うと、タケルは泣きそうな顔をしながら頷く。きたよこれだよほらな!
「確かに、似ていますね」
目を閉じたままこちらを見る赤髪のロンゲイケメン。お前本当に見えてるのかよ。
その他、紫やら銀やらの髪をした方々は言葉も出ないらしく、固まったまま座っている。まあ、考えてること顔から駄々漏れですがね。信じられない、とか、すごいとか。そんなところだろう。
しかし1人だけ、雰囲気の違う人がいた。全身が真っ白く、微笑みを浮かべたままこちらを見つめる彼。長年培われた郁の勘が、この人は厄介だとサイレンを鳴らす。
「なるほど、なるほど……随分とおもしろい人がやって来たね。世界の理とは、不思議なものだ」
「おや?どういう意味かな、マーリン」
「……マーリン?」
視線は、郁からマーリンへと移される。にもかかわらず、マーリンの様子に変わりはなく、いつも通りの笑顔を返す。そして、こう放った。
「今度こそ、ここが終着となるといいね」
意味がわかるのは、郁だけであろう投げかけ。今度は、郁が驚く番だ。彼は、全てがわかっているのだろうか。もしかして彼も、同じ……?
「うーん、ロマンのところに行くどころじゃなさそうだね。彼を呼んでこようか」
膠着状態のなか、ダ・ヴィンチが「うん、それがいい」と自分に相槌を打ちながら、部屋を出ていった。
…………ものすごく、気まずいんですが。
171105
まずは円卓と。他にどんな鯖に会わせようか……。希望がもしあれば拍手にてどうぞ。参考にさせていただきます。
×