If婆娑羅

「理不尽な上司を持つと、苦労しますよね」

これほどに意気投合できた人物がいただろうか。郁は、この出会いに感謝しながら、薄汚れた大男を見る。焚き火に照らされる横顔は、かなり疲れはてている。

「クソッ、いったい小生がなにをやったって言うんだ……こんな穴蔵に押し込みやがって」

「わかりますよ……私も昔の上司に、大砲が壊れたからってすごい数の砲弾投げさせられましたよ」

「その細腕にか!?そいつは鬼かなにかだな……逃げたりしなかったのか」

「いやそれが人質とられてまして、タケルっていう弟なんですが」

「そうか……。嬢ちゃんにとってはそれが小生の枷だったんだな。にしても、タケルねぇ……」

あまたの世界を飛び、最終的にはなぜか神という名の刀となり様々な時代を遡ってきた郁だが、戦国の世で戦闘を終えてゲートを越えた先が、この薄暗い穴蔵だった。

暗くて寒い。まさにあの、理不尽な上司がいた巨人に侵略される世界で、度々お世話になった自然のシェルターのようだが、耳を澄ませてみても、ひとつのうめき声も地響きも聞こえてこない。だが、ひとつ人間の気配があることには気づいた。そして出会ったのが、大きな鉄球のついた枷を手首にくくりつけられた彼……黒田さんだった。

黒田さんいわく、目が覚めたら私がいたらしい。彼は私をここにいれたのは、石田なる人物に違いないとのことだったが、投獄に気づかなかったことを不思議そうに話していた。まあ、それはそうだ。これは、政府のゲート転送をミスしたに違いないのだから。ちょっとさすがに人為的ミス多すぎやしませんか!

「というか黒田さん、これからどうするんですか。このままここにいるつもりなんですか?」

「いいや!なんとしてでも出てやるつもりさ。そして小生こそが天下をとってやるんだ!」

「そうですか。なら、お手伝いしますよ」

郁はフムフムと頷き、穴蔵の先を見る。木でできた格子の向こうには、松明でオレンジ色に照らされた岩肌のトンネルが続いている。小指を舐めて、立てる。

「手伝いって……おい言っておくが、格子を壊したって脱出はできないぞ。あの先には武者控えがあるんだ」

「そうみたいですね。でも、出口はそれだけじゃないみたいですよ」

濡れた小指で感じた風邪の流れをたどり、格子のある方とは真逆の、一見分厚そうな岩肌を撫でる。耳を当てて、確かな光明を見つけた。

「おいおい、そっから出てくつもりか?いくらなんでもそりゃあ無理だぞ」

「でもこの向こうはどうやら風の出口があるみたいですよ。それに水の音もするし……音からするに、枯れ井戸の底のような物があるんじゃないかな」

「な、なんだって?」

黒田さんも私に倣って岩肌に耳を当てる。

「なにも聞こえんが」

「まあまあ、とりあえずやってみましょ。ほら危ないんでどいてください」

「いやいやいや、嬢ちゃんにそんなことさせられっかよ!小生がやって……」

慌てた様子の黒田さんを無視して、崩しやすそうな部分に手を添えて、力を加える。

ゴッ

鈍い音をたてて、一部分に亀裂が走る。それを確認してから、同じ作業を繰り返す。そして人が通れるほどの穴が出来たところで、手のひら全体で岩を押す。すると、あら不思議。

「脱出路の完成です」

「な、」

唖然とする黒田さん。その視線の先には、今しがた開通したばかりの……全長2メートルほどのトンネルが。脱出路の向こう側に見えるのは、井戸特有の青白くつるりとした石の壁と、自然光に違いなかった。

「どうなってんだおい!嬢ちゃんまさか婆娑羅もんか!?」

「?……なんですかそれ。こんなのコツ掴めば誰だってできますよ。それより早く行きましょうよ黒田さん」

まだなにかを騒ぐ黒田さんの背中を押して、井戸へ続くトンネルを進む。アーチのようなそれをくぐり、上を見上げる。そこには、どこまでも青い空が広がっていた。

「お、驚いた。本当に枯れ井戸があるとは……いやしかし、こっからどうすんだ」

枯れ井戸になって長いらしく、水を汲むための縄は見当たらない。これではせっかく外に出たといっても、引き返す他ないではないか。

「うーん……あ」

郁の目が、官兵衛の鉄球をとらえる。そうだ、それがいい。負担も少ないはずだ。

「黒田さん、着地気をつけてくださいね」

「は?」

郁はおもむろに官兵衛の鉄球を撫でてから、地面と接している下部分に手を添える。そして、腰も下ろす。まるで、鉄球を抱え込むような動作だ。

「え、いや、は?お、おいおい!?」

ズズッと、鉄球と地面が擦れあう音。まさかと思っている間に、両手首に感じる確かな変化。枷が、軽いのだ。

パラパラと砂利が鉄球から落ちる音。信じられない顔で郁を見る官兵衛に、郁はへらりと笑って見せる。

「行きますよ〜」

かけ声にもならないような気の抜けた声を耳が拾ったかと思えば、既に官兵衛の体は宙に浮いていた。逆転していく天と地。身体中に激震が走ったかと思えば、受け身をとることもできなかった官兵衛の巨体は地面に伏していた。久しぶりに感じる日差しに、瞼をギュッと閉じる。

「さて黒田さん、出たところでさっそくピンチみたいですよ」

「ぴんち、?」

恐る恐る瞼を開いて郁の視線の先を追えば、そこには憎き人物が立っていた。白と赤が基調のはずだが、とてもめでたくは映らない。むしろ官兵衛はこいつのせいで紅白が嫌いになった節もある。

「やれ暗よ、いかにして出てきやった。庭の穴蔵では安眠できなんだか」

「刑部……!」

一方、郁は「これまたキャラの濃いやつがでてきたな」とまじまじと刑部を観察する。もう、御輿が宙に浮いていることは突っ込むまい。というより、私が気にするべきはやはり……。

「姉ちゃん?!」

「いや〜いると思ってたよタケル。あんたゲートはちゃんと確認してから閉めなさいよね」

「は?げー……と?」

そう。タケルだ。刑部とやらの後ろから現れたのは、着物姿のタケルだった。最後に通信したときから随分と服装が変わっているが、おそらくこの時代に馴染むためにこしらえたのだろう。

「あ、ついでに私のご神刀の手入れよろしく。結構刃こぼれしちゃって」

腰に差したままだった立体起動装置を抜き取り、刃こぼれでボロボロになった刃先を見せる。ギラリと輝く刀身を向けられたタケルは、肩を震わせる。まるで初めて見たかのような反応である。

「嬢ちゃん、こいつの姉なのか!?」

「はい」

「知り合いってだけで驚きだったが……まさか、驚いたぜ」

「?黒田さんこそ、まるで前から知り合いみたいな言い方ですね」

「こいつが三成の世話係してるときっから知ってるからな。しかし、姉は神隠しにあったとかなんとか聞いていたが」

「はあ」

なんだろう。すごく既視感のある違和感。まさか、まさか……ねぇ?

「タケル、こんのすけは?」

「え?……ごめん、よくわからないけど……と、とにかく、父上たちのところに行こう!神隠しから戻ってきたって教えてあげないと」

手首を捕まれて、目に涙をたっぷりためながら言われる。ま、まじか。もしかして私は、また。

「待ちやれ、タケル。三成にまずは話さぬか」

「あっそうだった!姉ちゃん、三成様のとこに行くぞ!」

「誰?!」

「俺がお仕えしてるお方だよ!行方知れずだった姉ちゃんのこと言ったら、きっと……」

「まあ、三成の場合は三枚におろされるやもしれぬな。ククク」

鬼かよ。

黒田さんになんとかしてもらえないかと見るが、黒田さんは申し訳なさそうに眉を垂れさせながらも、火の粉を避けるかのように視線を晴れ渡る青空に泳がせていた。こいつ。

こめかみに青筋を立てながら、郁はタケルに促されるままに手を引かれながらその背を追った。

どうやら、また世界を跨いだようです。



20170705

実はずっと放置していたBASARAを、ちょっと修正してアップしました。郁さんは家康派だけどタケルのことや三成に「裏切りは許さん」という脅しから、西につきます。このままいくと三成落ちで……命を散らしそうな……かんじですが。
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