※郁さんが刀剣化してたりと無茶苦茶な展開なのでお気をつけください
これまでさまざまな世界に連れ去られ、いろいろな事件に巻き込まれてきた。キャラの一挙手一投足に振り回されたり、胸を締め付けるような思いをしたり。ときには生死をさ迷ったり……いや皆までは言うまい。過去は変えられないというのは、私ほどよくわかっている人間はいないはずだ。大事なのは、未来である。
しかし、しかしだ。そんな私は今、まさかという事態に陥っていた。未来なんてあったもんじゃない。視界の端でパチパチとはぜる火の粉と、咲き乱れる桜。その花片の隙間から見え隠れする、見慣れた顔。だが、身にまとう服はなぜか宮司のそれであった。
私も、伊達に何十と世界を歩いていない。落ち着いたままの心は、ああ……またか。と、呆れてすらいた。
「姉ちゃ、ん……!」
息を切らし、つらそうな表情を浮かべるタケル。郁は何事かわからないまま一歩踏み出した。ひんやりとした檜の床板がわずかに鳴いた。しかしながら、郁が手をのべるより先に、赤いなにかが横切った。
「主!2日もかかったんだ、そろそろ休まないと……」
「大丈夫、だから……姉ちゃんと…話し、」
ぼんやりと、危うい様子は拭いきれない。しかし、タケルの手はなんとか私の手を掴んだ。熱い。郁は思うままに握り返した。
「よくわからないけど、あんたの優しくて強い姉ちゃんはここにいるから。安心して寝なさいよ」
「……はは、ほんとに……姉ちゃんだ」
糸が切れたように、その体は崩れ落ちた。それを支えたのは、さきほどタケルを“主”と呼んだ青年だった。白くて細い指と真っ赤な爪がなんとも言えないコントラストだった。
◇◇◇
「貴女が、主の姉君……」
青年は、タケルを寝かしつけた部屋の襖を後ろ手に閉めながら、ちらりと私を見る。眼差しの意味を汲み取れるほど、この青年を知っているわけではないが……殺気のようなものは感じない。どこか羨望の念さえ滲んでいるように思えた。
こんな思考まですんなりとできてしまうのだから、末恐ろしい。もうただの元女子高生とは言えまい。この部屋の外、数キロ範囲の敵意すら捉えられる。……しかし、随分とここには人の気配があるな。ゆるりと部屋のなかを見回して、純和風の空間に居住まいを正す。
「ここが珍しいの?」
「まあ、はい……」
「ふーん。どうしようかな、俺が言っちゃってもいいのかな。……でも主が話したいって言ってたしなー」
大きな独り言だな。でも見目がすごく整っているからか、可愛らしくも見えてしまう。タケルはこの世界でも神の祝福を受けているらしかった。……関わりすぎるとまた死ぬ思いをするかもしれない。唸ってばかりいる彼をしばらくそうやって観察していたが、それが寿命を縮める行為だとわかればすぐに中断した。かと言って特にやることもないので、今までの相棒をお手入れすることにする。
むき出しの刃を軽く撫でる。
「随分と荒い刀だよね。刃がむき出しだなんて、初めて見たよ」
「刀って、これが?まさか」
立体起動装置を刀と呼ぶとは、日本刀に失礼だ。そう笑って見せると、青年はキョトンと目を丸めた。
「刀、でしょ?主が鍛刀してたんだし」
「違うよ……立体起動装置っていって、斬るんじゃなくて削ぐ道具だから」
「立体起動装置……なんか、変な名前」
それは言っちゃいけない話です
「俺は、加州清光」
よろしく、と差しのばされた手をとって「こちらこそ」と形式上の挨拶を返す。とりあえずきいたことのない名前でホッとした……。あとはタケルが起きるまで様子を見よう。ふすまの方へ視線を投げると、ふと左側になにかを感じた。栗毛立つ背中。とっさに指先に力を入れ、爪先を尖らす。武器となったそれを構える郁と、一拍遅れて帯刀に手を伸ばした加州。もちろん、刃先は郁に向く。
「ようこそおいでくださいました」
緊張の糸をはじいたのは、幼さを感じる声ひとつだった。殺気をそのままに、腰を浮かしながら見やる。目の整った畳の上に、綿のような存在がちょこんと座っていた。これは……狐、か。いや。しかし狐が話すわけがー……
「無事、具現化されて安心いたしました」
話してる……しかも、ニッコリと笑ってみさえするではないか。呆然とする郁とは対照的に、加州は「こんのすけか……」とわずかに緊張を解いた。郁もそれに倣って力を抜く。そして“こんのすけ”とやらに話しかける。
「話が見えないのだけど“ようこそ”ってことは、あなたが私をココに呼んだの?」
「正しくは、政府が」
「……政府が」
突然現れた巨大なバックに、またしても思考が止まる。いろいろとわからないことが多すぎる。まず、その政府とやらはなぜ私を知っているのか。なぜ私を呼んだのか。そもそも……。
「私がどんな存在なのか、知っているの?」
だいたい、飛んだ先にはその世界の郁という存在がすでにあって、すり変わるようにして過ごしてきた。もちろん、誰も私が異世界の人間だと気づかれることもなかった。しかし、もし政府とやらがそれと違うのであれば。答えはひとつしかない。
「はい。あなた様を異世界へ飛ばしていたのも、政府ですからね」
「……!」
耳鳴りがする。息が止まる。目がこれでもかと言うほどに見開かれる。手に力がこもる。まさか、そんな。怒りが持ち上がると思いきや、段々と笑いが込み上げてきた。
「ははは。それが本当だとしたら、時間の無駄でしたね。なにがしたかったんだか」
「そんなことはありません。あまたの世界をこえたあなた様は、こうして神として発現したのですから」
……神?
「人でもあり神でもあるあなた様であれば、これから歴史修正主義者や検非違使に絶大な効果があるはずです」
「待って待って。私がこれまで……数十回、世界を回ったのは政府のやったことで、それで、私が神様になって……それで、……」
聞き覚えのない単語や不足の事態に、郁は目を白黒させる。目眩さえしてきた。
濁流に飲まれそうになっている郁の思考を引き上げたのは、またしてもひとつの声だった。それも、聞きなれた声。
「こんのすけ、それ以上は俺が話す」
スッと、ふすまが開き、現れたのは……疲労で倒れていたはずのタケル。額に汗を浮かべながらもしっかりと立ち、こんのすけを見る。こんのすけは一瞬ためらうようにしたが、ひとつ頷いてかき消えた。
150905
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