If弱ペダ

私にはこだわりがある。自転車に乗るときは、必ず鞄をリュックみたいに背負うのだ。カゴのなかにいれてると暴れるし、こっちのほうが早い気もする。あと高校生っぽいよね。特に、坂のある場所なんかだと断然だ。

いつからかできていたこだわりを守り、郁は今日も鞄を背負って車輪をこぐ。木々の隙間から日差しがもれて、走る道をキラキラと照らしていた。太陽が織り成した光の絨毯は、あるところでふたつに別れる。通いなれた道と、ゆるやかな登りが続く道。

チラリと確認した時刻は、始業まで半刻を示している。つまり、登校するまでの時間はまだまだある。ペダルを踏む足を逆巻きにして、蛇行を始めた。カラカラと空回る車輪の音とともに、別れ道が近づいてくる。郁はもう一度だけ坂道を見た。そのときには、すでにハンドルは登り坂を向いていた。遠回りだけど、たまには坂道もいいよね。

立ちこぎするほどではない、ゆるやかな傾斜をゆったりと登っていく。タイヤが舗道を走る音が心地よくて、自然と口元に笑みが浮かぶ。

だが、そのうちに後ろから同じような音が追ってくることに気がついた。やべ、高校の子かな。いくつか聞こえるし、きっと仲間うちで仲良く登校しているのだろう。黄昏てたの見られたとか、恥ずかしすぎる。鼻歌してなかったことが唯一の救いかもしれない。恥は拭えないが、せめて道の端を走ろうと、ハンドルを傾ける。

すると、後ろから音もなく、なにかが郁を半身抜いた。


「姉ちゃん、えっと……お先」


は?

気づいたときには、声の主は郁を抜き去っていた。背中を呆然と眺めていると、3台分ほど先にいる相手がこちらを振り向いたことに気づく。ドヤ顔のそれは、朝練があるからと出ていった愚弟の顔に違いなかった。

タケルである。
なぜか本格的な自伝車に乗ったタケルが、いま私を抜き去った。お先、と言いながら。ドヤ顔で。タケルが、である。


「100年早いわ!!」

気がつけば、ペダルを強く踏み込んでいた。飛ぶように後ろへ送られていく背景たち。そして近づいてくる、恐怖で表情をこわばらせたタケル。あとなんかその間にカラフルななにかを追い抜いたが、郁は生意気すぎる弟しか見えていなかった。

力任せにガンガンこぐうちに乱れる呼吸とママチャリの重心。さすがただのママチャリ。大袈裟なほどにガタガタ震え始めるし、ネジすら吹っ飛びそうだ。母さんに怒られるかもしれない。だが、すっかり頭に血が昇った郁はそんなことを考えることもなかった。

そして、ついに捕らえた。

郁の前輪が、タケルの後輪に達する。勢いを上げれば、ママチャリ特有の三角止まりまでまがタケルの前輪を抜いた。さらに郁は、ちょうど1台分距離を開けてから、タケルに振り返る。タケルは相変わらず呆然としていた。後続車に触覚とか赤茶色い髪が見えて、一瞬台所に現れるあれを思い浮かべたが、いまはそれどころではない。

郁はスッと親指を立てて、それで自身の首を横にかっ切る仕草をしてみせる。それだけですでにタケルは泣きそうだ。

「1週間、下僕」

冷たくそう言い放ってから、郁は颯爽と登り坂を走り抜けていった。登り坂が終わり、いつもの通学路に戻るために左折するころには、鼻歌すら浮かんできていた。なんだかんだで、朝のいい運動になったかもしれない。

一方、残されたタケルは泣いていた。もちろん今後の自分の運命を思って泣いているのである。

「俺、帰りたくない」

「ハハハッ、大袈裟だな!」

絞り出された声に応える勇者は、東堂のみ。なんのためにもならない。そればかりか、お前はなにもわかっていない。姉ちゃんはやると言えばやるし、実際前にも……。と、タケルに過去の惨事を思い出させ、絶望を与えるだけだった。そして次に口を開いたのは、事の発端をつくった本人。郁に赤茶色ということでアレを連想させた、新開隼人である。

「ママチャリであれって、やばすぎだろ」

「だから言ったんだろ……姉ちゃんと関わりたくないって。なのに、新開が声かけろって!」

「いやいや別に煽れとは言ってねェけど。……ま、頑張れよ」

「……ぜってー許さん」

部活帰り、雪見だいふく買ってこいよと指令を受けたタケルが、道連れだと新開を引き摺って帰ったのは、また別のお話。


141118

書いてもいいよって誰かが言ってくれた気がしましたので、勝手に書きました。私はむしろ郁さんに、頑張れよって言ってあげたいです。
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