04

「これから練習試合があるんだけど、郁も観に来ないかい?」

突然、窓の外から舞い降りてきたお誘いに、郁はすぐに頷いた。藍色の髪が、太陽を背に弾む。ずいぶんとまあ、大きく育ったものである。いくつ季節をすごしたかなと、義弟を前に指を折った。

「じゃあ決まりだ!」

しみじみと指折り時の流れを感じていた郁。その間に、テラスを通って室内に入ってきたらしいジョナサンが、その右手を強引に引いた。あまりの勢いに体がついてゆけずに、腰が浮く。

立派な英国紳士に成長したと思っていたけれど、このへんはまだまだのようだ。普通の女子であればすっ転んでいるところだよ。そして、普通の女子とはだいぶ異なる郁は、華麗なステップで上手く重心を移動させて立ち上がる。

「行こう!」

腕を引かれるままに、その大きな背中を追いかける。本当に、大きくなった。男の子って数年でこんなに大きくなるんだなぁ。気がついたらムクムク大きくなって、いまでは見上げなければ顔が見れないほどだ。その体躯は、いま夢中になっているというラグビーで、遺憾なく活用しているらしい。

弟の成長を親心に感じながらも、大型犬の散歩をする感覚で走っていると、案外すぐに試合会場に辿り着いた。ジョナサンは少し息を切らしながら、郁に振り返る。腕がまだ繋がれているためか、異様に距離が近い。頭をわしゃわしゃしたくなるから困る。

「すごいな、郁は。全然息切れてないじゃあないか」

「え?……ぜぇ、ぜぇ」

「ハハッ、なんだいそれ。わざとらしすぎるよ!」

「だよね……まあ、私、走るの得意だから」

広野を馬と並走したこともあるからね、なんてとてもじゃないけど言えない。それこそ、嫁入り先がなくなってしまう。嫁にいくまでの間、この世界にいるとは限らないからあまり気にしてないけど。

「そんなこと言うと、父さんがまたうるさいよ?」

「ディオもね」

同じく大きく成長した弟の名を出すと、それは違いないと、ジョナサンも噴き出した。お前のその笑い方、紳士らしさにかけてんぞと指摘してやろうとした郁だったが、後ろからコツンと頭を小突かれる。

「誰の話だい?」

振り向いた先には、微笑を浮かべるディオが立っていた。見上げるほどに高い背丈と、まったく笑っていない目に、目眩を覚える。動揺して固まる郁をよそに、ジョナサンは太陽のようにまぶしい笑顔でディオの名を呼んだ。

「ディオ! 今日こそは君よりも多くトライしてみせるからな!」

「ああ。それよりジョジョ、なんでこんなところに姉さんを連れてきたんだ」

ジョナサンの意気込みは「それより」で片付けられてしまった。ディオ、さすがにジョナサンがかわいそうだよ。もっと熱く語り合って、私のこと忘れて試合に身を投じてくれ。

「ん? ずっと家のなかにいるのはつまらないかと思ってね。郁は運動もできるから、きっと楽しめるだろうし」

「へぇ。そうなんだ、姉さん」

「ま、まあかわいい弟に誘われちゃったら断れないよね」

「断ったじゃあないか」

「え?」

「僕のときは」

胃に氷を詰め込まれたような感覚を覚えて、郁は肩を揺らす。そそ、そうだ。すっかり忘れていたが、以前ディオにラグビー観戦にこないかと聞かれたことがあった。しかし、見てくれや性格が変わったといっても、ディオはタケル。下手に関わって原作ルートに絡むのは御免こうむりたいということで、丁重にお断りをしたのだった。

「つまり、僕はかわいくないってことかい?」

「そんなことはない!……ただ、気分じゃなかっただけだよ」

「いまは、そんな気分なわけか」

「いや、はい…あのですね……」

畳み掛けるような反論に、汗が滲む。前世タケルのくせに!なんでこんなに高圧的なんだ!俯いて悪態をつく郁の元に、すぐに助け船がやってきた。

「おい、ディオ、ジョジョ! 試合始めるから、フィールドにこいよ!」

「ああ……わかった」

助かった。何度も呪い、文句を浴びせ続けた神に、初めて感謝したよ。横髪を撫で付けながら、2人の弟に微笑む。

「頑張ってね」

「うん!」

「……日陰にいろよ」

ぼそりと囁かれた言葉がくすぐったくて、小さく笑う。ディオはいつも、こうなのだ。ガミガミ叱るのも、結局は全て私を思ってのこと。いまの言葉も、邸宅からあまり出ない私の体力を心配しての言葉に違いなかった。ハンター試験を受けたこともある私が、こんなことで倒れるわけがないのに。このイケメンっぷりが、歌プリの世界で発揮できてれば世界中に大量のメス猫を生んだに違いない。

だけど、やっぱり前のタケルに会いたいなぁ。懐古の念を抱く郁は、木陰に座りながら、どこか意識の遠くで試合開始のホイッスルを聞いた。


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