03

ジョースター家に来て、数年。いまだかつてないほどに贅沢な生活を送りながら、郁は今回の世界は貴族の日常系マンガに違いないと確信していた。

ゆっくりとティカップを傾けて思い出すのは、引き取られたばかりのときのことだ。初めの数ヵ月は、貧民街の出身ということで「やーいやーい」とからかわれたが、その度に失笑し「暇なんだね……」と返していたら飽きられてしまった。それゆえに友人もいなく、筒がなく引きこもり生活を楽しんでいた。だが、こんなニートを構ってくれる少年もいる。

「郁!」

「あ、ジョナサン」

転がるようにテラスに現れたのは、ジョースター家の長男であるジョナサン。数年前から私の弟となった少年だ。人懐っこい性格と、正義感の強い精神を持つ彼は、ディオとは対称的である。どちらかというと、タケルに似ている。だからだろうか、どうにも過保護になってしまうのは。頭についた葉を取ってやりながら、思わず苦笑いする。

「ちょっと、相談したいことがあるんだけど……ダニーと散歩しながら、どうかな」

「え? 行く行く」

ジョナサンの後ろから現れたダニーは、私の言葉を理解したように「ワン!」と鳴いた。この屋敷にきたときは、初っぱなからディオが蹴りを入れたせいで警戒されていたが、いまではこんなになついてくれている。かわいい。しっとりと湿った鼻先を撫でてやりながら、その主人を見る。

「でも、話ならここでもできるけど」

「あー……えっと、うん。あんまり人に聞かれたくない、んだ」

足先で地面を撫でながら話すそのさまに、郁はピンときた。というのも、以前ブドウの入ったバスケットを片手に持った美少女とジョナサンが二人で歩いているのを窓から見かけたのだ。なんと可愛らしいことか。なにより、恋の相談を私にしてくれることが嬉しい。そこまで慕ってくれているなんて。

「ともかく! 行こうよ!」

ニヤニヤとしていたのがよくなかったのか、ジョナサンは照れ隠しに、力いっぱい郁の腕を引っ張った。ディオもこれくらい可愛げを取り戻したらいいのになぁ。最近クールぶり始めた実の弟のことを考えながら、郁はジョナサンの背を眺めた。

案の定、話とは美少女のことについてだった。これから彼女を遊びに誘いたいんだけど、どうしたらいいかだと。女子力を母親の腹のなかに残してきた私に尋ねるべき質問じゃないね。しかしまあ、候補を聞いたら虫を採りにいくとか、ボクシングとかいうもんだから本当に驚いた。「なにその発想!どこの女の子がそんな遊びに喜ぶのさ!」と叫んだ私に、ジョナサンは首をかしげて見せる。

「郁とは、いつもそれで遊んでるよね?」

「……」

原因は私だった。なんというブーメラン。ジョナサンの周りにいる年頃の女が私しかいないから、私の行動こそが模範だと思ってしまっている。由々しき事態である。吐きそうになりながら、話し合いをするうちに水遊びに誘うということで落ち着いた。なにはともあれ、結果が楽しみだ。

後日、珍しくディオが私の部屋にきた。こいつにもついに春が来たのかと構えた私だったが、その唇は拗ねたようにとがっている。恋患いによるものではなさそうだ。というか……どう見ても、彼はご機嫌斜めだよね。どうすればいいのかまったくわからない。自分の部屋にいるのにも関わらず、居心地も悪い。

「姉さんは、俺とキスしたいと思わないか」

考えている間に、難問を出題されてしまった。こんな問題出たらテスト放棄して家に帰るわ。しかし、放棄の道はない。どうしよう。……思わないんだけど。でもこれたぶんあれだよね、キス拒否された感じだよね。そこに追い討ちはよくないよね。

「…………あれだね、弟じゃなかったらね」

こう答えるのが、やっとだった。これでよかったのかわからなくて、ディオの顔色をうかがうと、唇はもうとがっていなかった。代わりに、三日月のような笑みが浮かんでいた。どうやら、正解だったらしい。

「ありがとう、姉さん」

郁のひとことですっかり自信を取り戻したらしいディオは、礼もそこそこに、部屋を出ていった。なんなのもう、思春期難しすぎるんたけど。頼むから、恋シュミくらいの難易度にしといてくれよ。机にうなだれて、ため息を吐く。

今後の私の平穏のためにも、弟たちの恋がうまくいきますように。うつ伏せたままに、郁は目を閉じて祈った。


141120

いつのときも郁さんは、弟の思春期にな悩まされてますね。
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