02

「姉さん、タケルって誰だい」

ディオからそんな疑問を投げかけられたのは、自称父親の墓にやってきたときだった。実をいうと、彼が死んだ原因の一端が自分にあることを、郁はわかっていた。さすがに、嫌がらせをしすぎてしまったらしい。ことの発端は、この世界にきたばかりのときのこと。床に伏す母がいることを知った。そのときは疲れはてて頬もこけてはいたが、線が細くてどこか浮世離れした雰囲気を持つ女性だった。母は、郁がベッドの端にきたのを見るとにこりと笑ってから、悲しそうに眉を垂れた。そして「あの人を許してあげて、天国に行くためよ」と、私に言った。

母親は、ことさら天国に執着していた。そうすることでしか息をしていられないように、息を引き取るそのときまでぼやいていた。ディオは何事か言いたそうに口を動かしたが、いつもふっと目線を伏せた。そんな歪んだ親子関係を前に、郁は衝撃を受けた。そして、妻子を放ってだらしなく生きる自称父親に怒りを覚えた。

特に天国になんの関心もない郁は、自称父親がディオを殴ったときや、暴れたときに…偶発的な事故を装って仕置きをするようになった。やつも、5年もすれば私の仕業だと気がついたようだ。衰弱死した母のドレスをディオに売らせた日には、特に執拗な嫌がらせをした。それで疑惑を確信に変えたらしい彼は逃げ出すように蒸発し、数ヵ月後に警備隊から溺死した状態で見つかったという一報が入った。酔いつぶれて川に飛び込んだのだという。

顔を見合わせて「はあ、そうですか」と生返事を返す私たち姉弟だったが、いつまでもそこに立ち続ける大人たちに、首を傾げた。すると、警備隊の後ろから黒く光る革靴が現れた。

「お迎えに上がりました」

よく磨かれた革靴を履く男は、ジョースターという貴族の執事だと自己紹介をして、今後は主…つまり、その貴族さんが私たちの身請け人となることを告げてきた。さらに驚いたのは、自称父親がその貴族の命を助けたのだという。いやいや、なにかの間違いだろう。そう思いたいところだったが、なんともまあ…状況は嵐のように変わっていき、気がつけば私たち姉弟はパリッと糊の利いたシャツに身を包み、立派な墓の下で眠る自称父親を足の下にして立っていた。後ろで控えるお屋敷の使用人たちの視線にため息を吐き、そろそろ行こうかとディオを見上げた。そして、彼はこう言ったのだ。

「姉さん、タケルって誰だい」

なぜディオの口からその名前が。驚いてまじまじと顔を見れば、ディオはわずかに頬を染めた。元からきれいな顔が、それだけでより一層美しくなる。ここ数年で美しさに加えて色気まで出てきていて、私はもう両手を挙げっぱなしである。いいよ、もう君ヒロインで!私モブに徹するから!

「姉さんの、いい人なんだろ」

「違う」

コンマ2秒も開けずに否定するが、ディオは依然納得がいない様子でこちらを見る。ストレートに「お前の前世的な人の名前だよ」と言ってしまえたら楽だけど、学術書とかを好んで読み漁っている彼にそんなことを言えば、本の角で叩かれてしまいそうだ。元はタケルのくせに、ただの利発系イケメンになりやがって。しかも、私のことを姉として慕ってくる様はとんでもなくかわいいんだよね。くそ。

「タケルとかいうやつのところに行くより、ジョースター卿のところにいたほうがいいに決まってる」

「ディ、ディオ?」

「……そんなに、悲しい顔をしないでくれ」

よく、わからないが。ディオは私がこのままこの街に残ってしまうことを危惧しているらしい。随分と苛立った様子で、靴先で自称父親の墓石を蹴っている。これは、タケルについて話すと厄介そうだ。ここは否定しないでおこう。

「うん、わかってる。馬車に乗るのが初めてだから、緊張してるだけ」

「姉さん……」

「えっと……ジョースターさんの家、楽しみだね!」

なんとか元気を出してもらおうと、親指をたてながら笑って見せる。キョトンとしたディオは、すぐに噴き出した。

「姉さん、これから淑女になるんだぜ?そんなんじゃ先が思いやられるな!」

「え?なんで?これダメ?」

じゃれあうように笑う姉弟を、使用人たちは微笑ましく眺めていた。笑い事じゃないんだけどね。淑女ってどうなるんですか。


141120

郁さんがついに、人外から淑女になります。
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