03

リヴァイは、どうも朝は苦手だった。まず彼は人と歩幅を合わせて歩くことも、規律正しく過ごすことも得意ではない。そしてそれを克服したいとも思わない。だが、兵士長という地位をなすりつけられたからには、そうも言っていられなくなった。という理由から、今日も今日とて最悪の目覚めをしたリヴァイ。ガシャガシャと立体起動装置を鳴らしながら廊下を歩くその姿を見かけた人は、皆、無言で踵を返した。熊よけの鈴のようである。どちらかというと、リヴァイが熊ではあるが。

窓から射し込む日差しすらもうっとおしくて仕方がないリヴァイは、窓の外を睨み付けた。窓からは憎たらしいほどの快晴が覗く。そして空の下では人々が壁の上で右往左往しているのが見えた。巨人がいるのだろうと思ったが、砲撃の用意はしていないようだ。なにしてんだあいつら。リヴァイの眉間のシワが深くなったそのとき、壁の外側からなにかが投げ入れられた。その瞬間、リヴァイは窓枠に右足をかけていた。そのまま勢いよく窓を蹴破る。

ガシャアン

いくつもの食器が重なって割れたような音で、窓ガラスが割れた。宙に投げ出されたリヴァイの体は、流れるような動きで壁の上に降り立つ。伸ばしきっていたワイヤーを巻き取りながら、利き腕は腰に差した刃に添える。

「兵長!」

壁の上は、突然現れたリヴァイの姿に再び騒がしくなる。それに構うことなく、リヴァイはその鋭い眼光で辺りを見回した。どこも破損が見られない。奇行種が岩でも投げたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

「おい、なにがあった」

不機嫌さにさらに磨きがかけられたリヴァイの威圧感に、皆は蛇に睨まれた蛙のように黙してしまう。だが、視線だけは一様に東へ向いていた。その先には、2人の人影。しかもそのうちのひとりはリヴァイの部下であった。傍らには、女がひとり。どこかで見たことのあるような、そのへんにいそうな顔をしている。兵服ではなく、ただの市民服を身にまとっている彼女は部外者に違いなかった。思わず、舌打ちする。

「……タケル、お前がなにかしたんだな」

「ひっ」

圧力をかけるように、わざと足音を大きくたてながらタケルに歩みよれば、短い悲鳴が上がる。……なにかやましいことがない限りしないような反応だな。だが口を開こうとしないのは、どういうことだ。

「身体に聞かねぇとわからねぇのか」

普段から蹴りあげることに慣れている右足を、軽く上げて見せる。タケルは、震えさえ止めた。話す覚悟を決めたらしい。これでようやくまともに話が聞ける。リヴァイがそう思っていると、今度はタケルの隣に立つ女の肩が震えだした。俺に対する恐れか。これだから女は嫌だ。

「私の弟を恐喝するなんて、いい度胸じゃないの」

この場にいる、全ての者が驚きで息を止めた。リヴァイも、そう思ったうちのひとりだ。自分で言うのもなんだが、市民の間では自分はかなり有名な存在だ。外を歩く度に向けられるのは好奇の目と、まれに熱のこもった視線。そして畏怖の念。この女はそのうちのどれともつかないものを、俺に向けている。挑発の、眼差しだ。これを女に向けられるのは初めてかもしれない。

「姉ちゃん……姉ちゃん、いますぐ撤回したほうが……」

「私のほうが強いから安心して」

「なに言って、いや…………」

タケルはなにかを思い出すようにして、次の言葉を飲み込んだようだ。周りで聞いていた兵たちは、ざわつき始めた。やはりどこかで見た気がする顔だと思い始めるが、リヴァイの極小の堪忍袋が上げた悲鳴で、そんな考えは掻き消される。

「おい、俺の聞き間違えでなければ……いまお前は俺より強いと言ったか」

「はい。申し訳ないですが、私のほうが圧倒的に強いです」

ついに、リヴァイの堪忍袋の緒はなんの抵抗も感じず切れた。なんといっても、憂鬱な朝なのだ。売られた喧嘩は、それが女であっても遠慮なく買ってやるさ。

「じゃあいますぐ、その圧倒的な強さとやらを見せてもらおうか」

足を引いて、軽く構えて見せる。その動きに青ざめたのは、タケルだった。取り乱した様子で、自分を守るように立つ姉にしがみつく。

「ちょっと待ってやばいって、やばいってこれ! 謝って!」

「大丈夫」

「なにが!? 人類最強に、勝てるわけ……」

しがみつきながら必死に止めるタケルに、その女は呆れたように溜め息を吐いてみせた。そしてそのままツカツカと砲台の弾が入っている箱の前へと移動した。なにをするつもりなのかと、注意深く見つめる。女は箱のなかに積み上げられていたひとつを手に取り、壁の外へと視線を投げた。……あの弾は、男でさえ両手で抱えるほどの重さだったはずだが。製作側が軽量化でもして、残りを横流しでもしているのか。

「せーの」

思考の海に浸かっていたリヴァイをよそに、女は弾を肩上まで持ち上げて、そのまま投げた。なんの助走もなく放たれたそれを、壁の上の人間たちが目で追う。弾は、轟音をたてながら一直線に飛んでいく。まさに砲弾であった。だがその飛距離は、せいぜい100メートルしか飛ばない砲台を遥かに越えていた。そのまま弾が落ちることはなく、壁に向かって走ってきていた1匹の巨人の顔にヒットした。

「……」
「……」

言葉を失う、人類。いまのは一体なんだ。リヴァイでさえ、口をわずかに開いて呆然とする。豪速球を投げた女は、肩を回すこともなく、そのままなんでもない様子で振り返った。

「平和的に証明してみました」


140324 第三話/完
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