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平日の昼間。郁は鼻歌を歌いながら、ソファーへと体を埋めた。窓の外から木漏れ日が射し込み、気持ちがいい。

「ふふっ…」

誰もいないリビングに、思わず口の端から出たらしい、郁の笑みが響いた。別にテレビに映る芸人の一発芸に対しての笑いではない。創立記念日という素敵な日を思って溢し、噛みしめた笑いだった。両親は仕事へ、タケルは学校へ行った。自分しかいない我が家……いや、もはや城と呼んでしまおう。我が城の我が自室で遅くまで布団と戯れていても怒られないし、何よりお昼ごはんには大好きな冷凍パスタが頂けてしまうのだ。浮わついた気持ちのまま、視線をキッチンへ投げレンジの分数を確認する。

「あと5分」

オレンジ色の光を放つレンジから漏れるベーコンとチーズの香りに、郁は喉を鳴らす。テレビ画面に表示される時間も、調度残り5分で正午を迎えることを知らせていた。

<──では、ここでスペシャルゲストをお呼びしましょう!>

テレビから、女性アナウンサーとその声を追うような黄色い歓声が上がった。何事かと思えば、時刻を告げる画面左端から少し下に、「あのアイドルが勢揃い!」という字幕を確認。どうやらどこぞのアイドルが複数人登場するらしい。誰だろ…紅白司会を勤めたりしてる「そよ風」とか?

キャーーーー!!!

しかし、それにしても、歓声がすごい…。テレビが壊れたんじゃないかと音量を確認するが、問題はなさそうだ。

…元気だなぁ。いつもならそう思って変えてしまうが、今日は少し見てみることにした。案外好みの人が出るかもしれないしね。


<──寿嶺二さん、美風藍さん、黒崎蘭丸さん、カミュさん!>

名前が呼ばれ、そのアイドルの立ち画像と名前がテレビ画面に映し出される。その度に、画面を隔て中継されている会場から絶叫が上がった。そんな声にも負けず、女子アナは元気よく彼らの名前を読み上げる。

うーん…どうしよう、誰一人として知らないんだけど。ジュニアとかいう人なのかな。しかし、そうは思えないオーラがあるような気もする。いや、よくわからないけど、垢抜けているというか。だが、やはり見知らぬ顔ばかりが並んでいる。ひとりくらい知った顔があってもいいのに。


<──そして、タケルさんです!>


は?


見知りすぎている顔と供に、キラキラしたテロップが画面に差し込まれる。そこには「タケル」の三文字。

は?

閉ざされたカーテンから現れたのも、やはり…今、中学にいるはずの弟だった。何故か黄色い声援は他のアイドルと同じくらい上がっている。

なに?
これなに?


<──ようこそお出で下さいました!どうぞお掛け下さい>

画面を眺め、混乱する郁を置いて番組は進行していく。しかしただ呆然とするしかなかった。

<──そして、なななんと!今日はスタジオで生歌を披露して下さる方がいるんですよね?>


キャー!!

「はい、僕とタケルの新曲を歌わせていただきます」

<ちなみに、どういった曲ですか?>

「許されない愛に苦悩する男の心情がテーマになってますね」

タケルとデュエットするらしい美少年が、スラスラと答えを返す。ベテランと言える程堂々としていて、ますます私が彼を知らないことが不自然に思えてきた。

<なるほど!では、タケルさんはどういったところに注目して欲しいですか?>

「え?…っと、そうですね…実は歌詞をワザと言わなずに歌う箇所があるんです。そこに皆さんなら何を入れたいか、とか…考えながら聞いてほしいです」


これは誰ですか。
出だしはよろけつつ、最後にはしっかりと笑顔を向け、答えて見せた弟似のアイドル。カメラ位置をも把握していたらしいその行動は、まさにアイドル。こいつはきっと他人の空似だ。そうに決まってる。でも。

意識せずとも浮かんでしまう最悪の可能性に、郁は両肩を抱いてぶるりと身を震わせる。それは、もしかしたら、また違う世界に飛んだのかもしれないという…可能性だった。

テレビからは、軽快な音楽が流れ、歌声が流れてくる。二人が紡ぐ危うい歌詞と、その歌声のギャップには魅力が感じられた。しかし、「俺を弟だって油断してるね、もう   だってできるのに」とか「俺の熱い    受け止めて」とか、どういうこと?私は実の弟に攻略されそうなの?

訓練されたカメラワークがタケルを映す度に、郁は卒倒しかける。──気がつけばアイドル特集は終わり、ニュースが始まっていた。ようやく意識を落ち着かせた郁が考え行き着いた最後の望みは、メールで確認することだった。「今どこ」というメールを送り、願う。どうか平凡な返事が来ますように!しかしその返信は、容赦なく郁を殴り付けるのだった。


「テレビ局の楽屋」


121227 第一話/完
140311 修正

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