とある日曜日
外は雲一つない快晴だとテレビが伝え、リビングの窓からも柔らかい日が射し込む。ガラスを隔てて、道で遊ぶ子供達の声も聞こえてきた。
それを耳にしながら、郁はソファーの定位置に漫画を広げ、寛いでいる。お父さんは外で車を洗い、お母さんはキッチンで夕食の下準備中で。弟のタケルは、友達に会うために外へ……いつも通りの休日だ。
「郁、お母さん狩りに行ってくるわね」
「う…うん…」
いつも通り
「今日は大陸跨がないようにしないと…」
「……」
──やはり、この新しい生活に慣れるにはまだ時間が足りていないようだ。銛のような物を手にリビングから出ていく母の背中を複雑な心境で見送り、そのままソファーに俯せた。あんなにアクティブに動くのに、なぜ体型は元の世界のまま年相応な体型なのだろう。それは怪力になってしまった自分にも言えることだが…
「おっと、」
気をそらした際に手から漫画が落ちそうになり、慌ててそれを掴み直す。危ない…また床に風穴を開けるところだった。 背中を冷たくさせながら、床に開いたいくつもの穴を眺める。普段とは物理的な面で異常な生活を送っているのだから、仕方ないとは思うが…いつまでもこのままではいけない。
手にしていた漫画を慎重に机に置き、最近の自分を振り返ってみることにする。何が変わったのか、そして自分の持つ力は一体どういった代物なのか…。最近気がついたことと言えば、授業中に行われる無差別指名は確実に免れるようになったことかな。
ついに夢小説的な設定でラッキー体質にでもなったのかと思ってコンビニの1番くじを試したが、結果はコースターが3枚入手できたのみだった。…これはただの気のせいだったりするのかもしれない。
もう一つは、怪力だ。この力が最も目立つ変化かなと思う。なんのいじめか、私の使用する私物は基本100キロ越えの重さがあるらしいです。
「虐待だ!こんなもんどこから用意したんだ!」
と親に向かって騒いだところ、両親は顔を見合わせてから「お前が持ってきたんだぞ?」と、心底不思議そうな顔をされてしまった。
どうやらこの世界の私は相当な自虐キャラを通していたらしい。しかも発想が古い…ドラゴンでボールな作品で、主人公達が行っていた亀の甲羅修行みたいだ。もしかしたら私も、装備を外せば世界記録もびっくりな記録を叩き出すのかもしれない。
「…気になる」
というわけで、早速タケルの部屋から服を拝借する。少し軽くなったかな?というくらいの感覚を感じながら、郁は外へ出た。
「お、郁…そこの洗剤投げてくれないか」
ホースを片手に洗車を行う父の視線を追い、丁度自分の足元に落ちていた洗剤を手に取る。
「それそれ!」
「はーい」
手首にスナップをきかせてポーンと投げ、父の手に吸い込まれていくのを見てから裏庭へ足先を向けた。
「ぐふぉえ!?」
「……ん?」
郁が角を曲がったその時、何か聞こえた気がしたが……道で遊ぶ子の声かな。いつもより軽い体に気を良くしている郁は、特に気にすることはなかった。
「よし、ここでいいかな」
裏庭から家を見上げる。二階建ての我が家の屋根を見ながら、軽く足首を回す。自分の脚力がどれくらいかわからないが、あまり力みすぎて跳ばなかったら虚しいので……うん、軽く跳ぼう。
「よーい、しょ!」
縄跳びを飛ぶ感覚で、軽く地を蹴る。ビュッという音を耳が拾い、景色が変わった。
「え」
気がつけば眼下に我が家の屋根が広がっていた。……ちょ、ちょっと待って?段々と落ち始める体に戸惑い、着地先の屋根を見つめる。え、これ…え…?
「…着地ってどうやるのー!?」
郁がそう叫ぶと共に、左頬に衝撃が走った。次に左半身が猛烈に熱くなる。
「ったぁ…」
どうやらそれなりの衝撃で屋根に落下したようだ。まさか、まさかあの力加減であんなにも高く跳ぶとは思わなかった。
「あー…びっくりした」
むくりと上半身を上げて、頬についた砂利を払う。
怪力になったのではなくて、腕力や脚力というような筋力が桁違いになったらしい。
「超人だ…」
アメリカンヒーローと肩を並べられるレベルだろこれ…。ただ、使い方を間違えると、怪我をしかねないな。もしかしたら、あの重りはこの筋力をセーブして怪我をしないように配慮してのことだったのかもしれない。
「だとしたら、この力…無意味すぎる」
使ったら怪我するから使えないとか…相変わらず、自分は無能力なモブ止まりらしい。もはや失笑すら出ない郁だが、とにかくさっさと屋根から降りることにして腰を上げた。
「へぇ、受け身もとれないクズ…久しぶりに見たな」
それを止めたのは、1つの声だった。
130325 第六話/完
×